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86 生存と月光と、

「貴方は護衛の者達と同じく野営となります。詳細は護衛にお尋ねください。さぁ、お嬢様。邸に向かいましょう。このような狭い馬車で居心地の悪い思いをさせてしまって心苦しい限りです。寝所は不足のないものをご用意しておりますよ」


足を掛け、車内に手を差し伸べる青年の背中はしばらく動かない。馬車の中で御白さまが微動だにしていないのだと修道女にはわかった。

地面に重ねた指に顎を乗せ、固唾を飲んで見守る。修道女は青年がどうするのか知りたかった。今日一日御白さまとともにいて、言葉をきいたこともなければ、思う通りに動いてもらったこともなかった。


「………さぁ、龍下がお待ちです」


低い声を出した彼が足を地面に戻した。ざりと土が鳴って修道女の顔の前を小石が跳ねていく。扉の向こうに差しこまれた腕が露わになると、月光が真っ白い面紗を照らしだした。

修道女は思わず顔をあげていた。男の手に小さな白手袋の指先がちょこんと乗っている。御白さまはご自分で青年の手のひらを取ったのだ―――すなわち、天の遣いは青年をお選びになった。出来の悪い自分は切り捨てられてしまったのだ。


「おみ足が汚れますので抱き上げますよ。そこの貴方、服を直してください」

「あッはい! すぐに!」

「……私のではありませんが」

「え!? ひぃえッ、申し訳ありません…!!」


腕の中で静かにしている御白さまの外套を引きだし、外に流す。下衣の裾や面紗の皺をのばし終えると、問題ないことを表すため何度も頷いて見せた。もちろん視線は合わせられない。


修道女は手持ち無沙汰になると直ぐに頭を下げながら三歩下がった。地面を見つめながら、御白さまの旅道具の入った鞄を持ってくるべきか迷っているうちに青年は踵を返していってしまった。足音が聴こえなくなってから顔をあげる。宿場街の喧騒の中に青年の姿は消えていた。


修道女は地べたに尻もちをついた。「あはぁ……」という声を絞り出しながら、円を描くように土を撫でる。そうして汚れた手を口元に近づけた。

まるで居酒屋から放り出された厄介者のような風貌で、指の合間に握りしめた草と土の匂いをいっぱいに吸い込んだ。はふはふと呼吸をする度に丸めた背が小刻みに揺れる。

ようやく鼓動が落ち着くと、弛緩する体のままに地べたに横になった。このまま眠ってしまいたい。そう思うと瞼が重く感じられたが、阻止するかのようにお腹が鳴った。


(護衛の方……護衛の方ってどなたが、どなたがそう…?)


土を払って立ち上がってはみたものの、青年が口にしていた護衛というものが検討もつかない。


(お、御白さまの護衛…? 馬車のまわりに居た方のことかしら……)


常に真下を向いていた修道女にわかるのは男性の声くらいのもの。

修道女は地べたで眠ることも、数日食にありつけないことも苦ではなかったが、よくよく考えてみれば汚れた格好で御白さまとともに馬車に乗る訳にはいかなかった。水浴をしてもよい皿池の場所を教えてもらわなくては。もしくは馬の飲み水を拝借してもよいか許可を取りたかった。


宿場は龍下や各教区の司祭の宿泊が優先され、多くの者は宿場の外で野営となる。

河川のそばは風が通る為、近場の林が野営地にさだめられ、薪を拾う者や、木々に紐を括りつけて天蓋を作っている姿が見えた。火は複数熾され、力強く燃えながら周囲を暖めている。


一際大きく燃えている焚き火に近づいていくと、そばに長身で肩幅の広い男性が立っている。腕を組んで、後ろ手に組んで胸を張っている男性とお話をしていた。どちらも白服であったが、体格のいい男性の方は司祭であると格好からわかった。話しかけている方もよくよく見ると助祭だ。


「もし……」


修道女は意を決して話しかけた。


「長司祭さま、部隊の振り分け完了致しました。誦経者、侍者、退魔師、読師は狩猟。守門は設営ののち、調理・夜間警備の二班に分かれます」

「夕飯の献立についてポーレはなんと」

「予定通り持参した食料の切り分けを進めているとのことですが、狩猟班が獣を仕留めればより豪華になるだろうと申しておられました」

「期待できそうだ。川では何か獲れんのか。この辺りでは……何が獲れる。私は詳しくない」

「私も魚についてはとんと。理力の使用許可がいただけるなら、雷撃術を披露いたします」

「ならんならん、お前の雷撃では獲りすぎてしまう。また音が天を割るだろう。龍下を驚かせることはあってはならないぞ。執行部から死を賜ってしまうわ」

「では旅路での使用は厳禁と致します」

「そうしろ。では我々も守門に合流し、設営の援助を」

「あのォ!」


修道女は姿勢を低くして、炎と男達の間に滑り込んだ。

会話を遮ってはならないと機会を窺っていたが二人がどこかに移動しそうになったので慌てた結果、奇行に及んでしまったことに本人に自覚は無い。

男たちは小動物でも突撃してきたかと驚き、長司祭は助祭の首を掴んで自分の背中に隠した。


「ぐえ!」突然首を絞められた助祭は呻く。

「なんだ! どうした、獣か!?」長司祭は臨戦態勢に入りかけた。


「突然申し訳ございませんっ、わ、私は、人でございますので、どうかどうかお静まり下さいませぇ…!」


突然現れた(平伏する)女に静まれといわれても素直に従えるはずもない。男は剣を抜いた。






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