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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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73 対話と、

芽吹の節―――

四十八節に一度の龍下の来臨を祝して、必ずおこなわれる風習があった。


男達は海港都市の外に出て、森の中に潜む"罪人"をひとり捕まえてくる。地面に伏した罪人を荷馬車に乗せて、まずは外の家に運び込む。板の上に乗せて、形を整え、袋の中に。

正門で待つ処刑執行人に袋を渡すと、全身を甲冑に身を包んだ男達は袋の口を縛り付ける麻紐を引きながら広く真っ直ぐな道を行く。市民は麻の袋を見ると自由に暴行を加えるので、剣で打ち据え、骨が折れる音が響く度に歓声があがった。それが祝儀の音となるからだ。彼らが通ったあとの地面は赤く染まり、行進は海へと続く。


平然と語るシャルルの顔にかかる影が、彼の精神を蝕み、後ろ暗く思わぬように阻んでいる。彼が真に蛮行を認めているのではなく、何かを憚り、あるいは何かを守るために、誰かに教わった通りの言葉を伝えているだけなのだと、そう思いたかった。


「どうしてそんな……むごい事をするのですか?」


レーヴェの言葉は酷く震え、裏返った。シャルルはレーヴェを馬車の中に引き戻し、扉を閉めきる。沈黙。喧騒が遠ざかり、時間だけが滑っていく。


「……りゅ、…龍下の来訪を祝うというなら別の方法がいくらでもあるではありませんか。そうでしょう……?」


戸惑い、今にもシャルルに縋りつきそうになるレーヴェなど意に介さず、足を組んで元の姿勢に戻ったシャルルは、表情の失せた顔で動かない景色を眺める。

沈黙によってうやむやにされる気配を感じて、レーヴェはシャルルの腕を掴み、強引に引き寄せた。彼はその顔に侮蔑をありありと表しながら口を開く。


「……はぁ、いつまでお前の癇癪に付き合わせる。それで、どこがむごいと? かつて大地に消えた神に血を捧げて、命を返却する真っ当な儀式です。お前が生まれる前から続き、死ぬのは罪人ただひとり。それなのにお前は、歴史を非難し、自分の感覚で物を言うつもりなのですか?」

「風習ならば迎合して生き死にを冒涜してもいいのですか?! 例え罪人でも、あのような辱めを受けさせ、それを儀式とするのは人の道から外れるというもの」

「お前が人の道を語る。ならば誰にも目につかぬ場所で、尊厳を守りながら首を吊らせますか? 聞きなさいあの歓呼を。誰も執行人を止めない。彼らの為に喜んで道を譲るあの顔が見えませんか?」

「みな自分があの麻袋に入れられる事を想像すれば、儀式がいかに残酷で、人の境界を踏み越えているかわかるはずです! あんな物で神が喜ぶものですか!」

「ハッ。上質な服を着て、贅沢な食事にありつき、整った家に住んでいるお前が言う事か」

「そんな事関係ないでしょう!」


シャルルは甲高い声で笑った。


「あるさ。お前は神に祈ったことがあるか? 助けを求めて縋りついてもなお、奪われたことがあるか。ないだろう」

「ないさ! なくても他人の死を消費するよりいい!」

「とっくにしているのに見ていないだけだ。都合のいい頭だね。お前がその調子だから、教師はきっとその手の話をお前にしなかったんだよ。善悪をわきまえていると勘違いしている子供に、かかずらっている事ほど無駄なことはないから」

「見もしない事を!」


馬車の中で燃える志と凍えた熱が砕けた。

レーヴェの若い、まだ真の理不尽を知らぬ唇は次の言葉を探そうとしている。シャルルは目の前の子供を馬車の外に放り出すさまを想像した。バティストン・フロムダールの息子という将来を約束された肩書きを奪い去されば、待っているのは理不尽さと暴力の日々だ。闇の中でうなだれ、隠れて生きる日々を味わいさえすれば、胸に詰まった熱い塊の全てを吐き出させることができるだろう。いまだにレーヴェ・フロムダールの世界にひびの一つも入っていない事をまざまざと見せつけられ、シャルルは興奮のあまり嘲笑を続発させた。


激しく打つ鼓動のままに肩で息をするレーヴェを止めたのはバティストンだった。

身体を前に倒し、膝に肘を置く。軽く重ねた指を擦り合わせ、「レーヴェ」と落ち着いた声を響かせた。

レーヴェはシャルルを力強く見つめていたが、父親の方を見ずにはいられない。


「お前らもう少し声を落とせ。耳がうるさくてかなわん。それからな、お前は動揺してるだけだ。初めて見る刺激の強いもんに過剰に反応して、正しい事を言わなきゃ気が済まねえんだ。そうだろ」


違うと口を挟みそうになるところを抑える。バティストンはまだレーヴェに発言を許していない。


「お前に綺麗なもんしか見せてこなかった。そういうようにしたのは俺だ。仕向けた、って事だ。だがそうする理由がちゃんとあるって事は何度も話したな? レーヴェ」

「……はい。その理由はいつか教えてくれると。そのいつかは近い事も」

「そうだ。お前の言う通り、あの儀式は酷なもんかも知れねえ。あれはな、レーヴェ。神を殺したにんげんの血をもらった俺たちを恨んで、連れてこうとする悪魔を遠くにやる儀式なんだ。人ひとりの命で悪魔を追っ払う、俺だってさほど信じちゃいねえ。だけどな、見ろ。この通りで、ああやって喜んで執行人のあとに続くやつらはみんな、流れる血で悪魔がもう追いかけてこねぇと本気で思ってんだ。この国はな、そんな風習やらしきたりを馬鹿正直に大事にしてる連中がつくった。それを分からなきゃならねえ。お前は特に」






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