06 醜悪さと、
純白が陽光に反射して煌めいていた。
涙は止め処なく溢れた。こみ上げる苦しさが思考を縛り付けて目を逸らすことができずにいる。
――横たわる体躯は長い首を丸めたまま動かない。
神様は縦穴に飛び込むと彼の側に駆け寄った。
足元はぬかるみ、泥が跳ねる。
顔を覗き込む。顔があった場所を。最早ここに魂はないのだと理解していた神様はそれでも確かめずにはいられなかった。
自らと同じ容姿をしていたはずの彼が、無残な腐臭の塊となっていても呼びかけずにはいられなかった。
かつて双眸があった場所はがらんどうになっている。二対の黒い穴が、そこに目や鼻があったことを突き付けた。
頭蓋の大半は露出し、残っている肉も変色している。眼の少し上から伸びていた角は、根元から先がなかった。
――神様は震える眼で頭蓋の他に目を向ける。
柔らかい組織の大半は失われ、ところどころ骨頭に僅かな薄皮がはりついている。それも乾燥し、干からび、純白だったかつての姿は見る影もない。
大型の獣の骨は数十年でも遺る。だから彼の肋骨は胴椎や仙椎と接合したまま形を留めていた。骨の下の地面だけ光沢があり、そこにあばらが置かれている。絶命したあとに動物の身の内から噴き出る腐敗液が地面で固まるとこのような艶のある塊となる。それと酷似したものの上に骸があるという事実が、白骨にいたる有様を物語っていた。
それは作り物染みた光景だった。地上から差しこむ陽光が骸を照らしている。煌めいていたのは、腐敗した地面と、そこに散る純白の鱗だった。鱗だけがかつての輝きを留め、死と生が空間に渦巻いていた。
どうして、何が、誰に、―――思考は定まらない。
そしてはたと気づく。彼がかつて湛えていた柔和な眼差しも、彼の言葉も、彼の形も、彼の音はもう記憶の中にしかないのだと。
神様は思わず後ずさった。尻尾で支えていなければ倒れていたに違いなかった。
鼓動が爆発しそうな速さで内側から激しく叩いてくる。空気が吸えず、視界が濁っていく。
――――コツ、コツ、―――コツ
その時、何かの音が弾けた。
振り返る。音はとても小さく、尾が動く音にかき消さた。しかしまた(コツ……コツ)小さな音が今度は足元で弾けるのを確かに聴いた。
神様は長い首を横にずらし、足元を見下ろした。その動作が何故かゆっくりと流れた。
(なにか――――居る)
地面が動いていた。違う、地面を埋め尽くす数多の「何か」が蠢いていた。
無数の眼と目が合い、神様は無意識に開けていた口をきつく食いしばった。そこにいたのは土くれと同じ褐色の肌を持ち、頭部にだけ毛が生えた二足歩行の奇妙な生物だった。
手足の細い貧弱な生物だ――類似する動物はいくつかあった、しかし似ているだけで明確に認識できなかった。その手に棒切れを掲げているのが目に入る。道具を使う動物となれば限られる。しかしここまで毛の薄い、貧弱な動物は見たことが無い。単独で狩猟をする生き物は自分の体より大きな相手は狙わない。しかし集団で立ち向かう場合はある―――種の存続を賭けた命懸けの狩り。役割分担され、高度な連携が必要となる。しかし目の前の光景に神様は戸惑った。脚や尾をめがけて突進しては手にした武器を投擲する。厚い皮膚に弾かれ、転げ落ちていく。けれど生物はそのまま突進し、表皮ににじり寄る者もいた。手足を交互に動かしながら這いあがってくる。何千倍も大きな体躯に一心不乱に向かってきたのだ。
途中で落下する者に構わず、後続は脇目もふらずに追い抜く。
今後は後ろで音が弾けた。首をめぐらせると後肢にも群がっていた。鱗に当たって落下する棒を別の者が拾って投げる。そしてまた落下する。繰り返される愚行を神様は戸惑いとともに見つめる。
(これらは何だ―――――いったい、どこからやってきた)
縦穴を見上げると岩壁に入った亀裂に木製の昇降機が張り付いていることに気づいた。道具だ。また――棒切れと同じ木製だが、緻密な組み合わせをしている。地上まで延びている足場は地上と地の底をつなぎ、これら生物は自在に昇降することができるのだ。ならば、この生物たちは最初から空洞に居たのか。視界に入らなかっただけで最初からここに。
(ここで何を―――どうして向かってくる?)
亡骸を背にしながら心の中で何度も問いかける。
道具を投げる事しか脳のない者を前に、傍観が続く。
朱色を塗りつけた顔は何かを必死に叫んでいた。下顎を極大まで開き、絶叫している。
(何をしようとしている―――お前たちはなんだ)
――――にんげん、ですよ
音が弾けた。