432 肉料理:レーヴェ・フロムダール(26)
村民を一堂に集めて、ヴァンダールからきた教職者が振り返った時、木々の途切れた空地にある村に薄雲の間からこぼれた陽射しが降り注いだ。彼は金色の色彩が自分のために有るに違いないと思っていた。色付きの帯を首元から垂らして、重ねの衣を揺らし、全身で光を浴びた。噛みしめているのは、数年かけて辿り着いた地位が面白い大当たりをみせたためだった。
男は言った。「これから食料や理力石の配給をしますがひとりの贄と引き換えにしてもらいます」と、まるで幼児を保育する女のようなやさしさで。
穏やかな笑みを浮かべたまま、顔色の悪い村民のあいだを見せつけるようにゆっくりと歩いた。
「みなさんのご意見をお聞かせ願いたい」
「お前らなどに誰一人渡さない」と若い男の吠声があがる。動揺が伝播するが、誰言うとなく同意の眼差しや声が広まった。だが、男は頷くと「それで? 他の方はどうですか」と別の意見を聞こうとした。村人のほとんどは何を考えて、何を言うべきかわからなくなっていた。
村民を囲っている兵士たちはいまだ誰一人発言せず微動もしないが、理力石を身につけ、いつでも詠唱する準備ができている。鼻頭から顎を覆う口輪は詠唱を妨げられないように装備されたもので、罪人を処刑する部隊が事を成すときに身に着けているものだが村外に出ることが許されない村人たちはそのことを知らない。全員が冷たい目で、無表情で、唯一進行役の体で発言するただ一人の男の命令を待っている。彼が皆殺しにせよといえば、そうするのだ。
怒りをぶつける若者に対し、司祭風の男は手を後ろで組みながら村民の間を一周して最初の場所に戻って来た。優美さを持ち合わせた男は、全員の意見を聞きたがっていたがそれを肯定し準拠するとは一言もいっていない。若者は立ち上がったものの自分の言い分をぶつけるだけぶつけて、為す術をなくしてしまった。打ち返されなくては対話にすらならない。心はすっかり怯み、怒りが恐怖に覆われていくのを感じたが、再び着火させることも厭わなかった。危険をしいても自分の意見を曲げようとはしない。ゾアルという種族への愛ではなく、ゾアルを殺すことをに心理的な抵抗感のない他種族を恨んでいたからだ。
若い声が同じことを叫ぶだけ、賛同する声はあがらなくなり、ゆっくりと絶望が高まった。憎しみの勢いが殺され、耳元がごうごうと鳴るようになった。自分の脈動が反響して若者は立っていられなくなった。誰かにしゃがむように腰元を掴まれているかと振り返るが、泣きそうな顔がそこらじゅうにあるだけだ。そこへひとりの老いた男が手をあげた。
「ひとりでいいのだな」
司祭風の男は温厚な笑みで「自明なこと。はじめからそう言っているでしょう?」と唇を半月状に引き上げる。老人は頷く。
「信じよう。あんたがたは、こんな森の奥まで物を運んで来てくれた。その真意を汲み取ることができん者がいるが、我らの総意ではない。許してくれ」
「謝罪を受け入れましょう。お気持ちは理解していますから、ご安心ください」
「寛大な理解に感謝する」
「話の通じる方がいてくれて嬉しいですね。我等とて早く家に帰り、愛する家族と過ごしたいのです。よろしい。全員詠唱を中止、荷を降ろしてあげなさい。善き古人よ、こちらへ。別れを告げる時間をさしあげましょうか?」
「及ばん。家族はおらん」
「結構。ではその袋へ入ってください」
辺りは掌をかえしたように静まっていた。老人はゆっくりと、確実に死へと向かっていく。己の足で、己の意思で。もちろんそれでも若者は熱を失わなかった。集団を割って歩く老人を説き伏せようと駆けだそうとしたが、また別の年嵩の男たちが若者の腕を掴み、足を引っ張り、背中に肘を押し当てて身動きを封じた。
「あれを見ろ…! あんなに食い物がある。種も苗もある。生かそうとしてくれているじゃないか、あれがあれば生きていけるんだ…!」
「だから見捨てろっていうのか!? あんなもん餌だ! 俺たちは家畜じゃない!! なんでそれがわかんないんだ!! あんなもの喰うぐらいなら飢え死んだ方がましだ!!」
「黙れ! 死ねもしないやつが…!!」
若者は四肢をばたつかせ、どんな言葉も打ち返したが、その分だけ村民の心から遠ざけられていく。村民は老人から目を逸らし、この惨めな時間が早く終わればいいと願っていた。兵士たちが帰れば悪夢は終わる。彼らが去り、訪れるのがたとえ短く偽物の平穏だとしても、思考を保身に走らせてでも、多数を守る為に一人の同族を見捨てることを正当化することしかできなかった。




