427 肉料理:レーヴェ・フロムダール(21)
「先程はお騒がせ致しました」
「少し驚いたけれど、怪我がなくてよかった」
「えぇ本当に」
「追求したいわけじゃないけど、よくあるの?」
「……もうおわかりかと思いますが、少し落ち着きの浅い娘なのです。何にでも驚きやすく、とても感受性が豊かで良い娘ではあるのですが……そういえば少し話は変わりますが、バートリさんが村で物盗りを捕まえた話はご存知ですか?」
「えぇ? いいえ。バートリが?」
「そうなのです。実は旦那様に報告をあげなかったようでベットンさんが怒っていらっしゃいましたが、……保安隊の方が何度かお見えになっていました。聴取や手続きなど諸々やらなければならないのですが、なかなか捕まらないとぼやいていらっしゃいましたよ」
「聴取? そんなこと知らなかったわ。言ってくれれば私、貴方に時間を作ったのに。詳しくお話を聞きたいわ。バートリ」
「……」
「何か盗まれてしまったの? そんなはずないわね?」
「……はぁ」
吐息がせめてもの抵抗らしい。よほど口にしたくないのか眉間に深い皺を寄せている。けれど私も負けじと微笑んだ。
「……私は何も盗られていません」
「それでこそバートリね。それで?」
「…………はぁ……十日前の事ですが村の修理屋で窃盗があり、店内にいた私が追いかけました。保安隊を呼び寄せてもらい、余所者を引き渡しました。それ以上のことはありません」
「窃盗? どなたかのお荷物?」
「存じません」
「もう……それで終わりにならないから保安隊がきてくださったんでしょう? お休みさせますからね」
家政婦長が笑った。「盗まれたのは財布で、ちゃんと持ち主に戻ったそうですよ。バートリさんではなく保安隊から受け取ったようですが。手続きも聴取も"あの子"が対応していました。どうしてもお礼がしたいようなのですが、バートリさんはなかなか時間を作ってくださらないっていうのです」
"あの子"―――誰の事だろう。考えて、何故だが胸が疼いた。
紅茶を飲む気になれず、茶器を両手で冷えた指先をあたためる。小さな器にそそがれた甘い液体をどれだけ睨んでも自分の顔は映らない。私は今どんな顔をしているのだろう。
「礼は不要です。私は休日を利用して、買い出しに行っていただけです。もし旦那様から呼び寄せられた場合は犯罪者を放って戻るつもりでした」
「捕まえる時間くらいお父様は待って下さるわ。それより貴方が買い出しなんてめずらしいわね。バートリもお出掛けすることがあるなんて。私の護衛をしていた日よね?」
「お嬢様が講義を受けている時間を使わせていただいています。私の装備はすべて旦那様より貸与していただいている旦那様の財産です。剣や鎧、腰帯にいたるまで、手入れを怠るわけにはいきません」
「そうですね、その考えには深く共感しますよ。ところでお嬢様、少しお耳を拝借してもいいでしょうか」
茶器を置き、体を傾ける。左頬にひとの熱が近づき、数秒ほどして離れた。
私は机に置かれた胡桃のマフを手に取りバートリを呼び寄せた。言葉がなくとも膝をついた彼の顔はまだ高い位置にある。俯く顔に睫毛の影がおちて、彼はすでに何をされるか察しているが黙っている。
マフを一切れのせた突き匙を差し出す。「おくちあけて、バートリ」彼の表情が言っている。私は甘い物が苦手ですと。
「ひとくちだけ。ね、おねがい」
数秒がのろのろと過ぎて、マフが消えるとぐったりした男の顔があった。リーリートは微笑を含んだまま彼の唇に手を伸ばした。指をこすりあててクリームを取ると、咎める瞳が不行儀な娘を睨む。
「おやめください」
「なぜ?」
「おやめください」
手巾で丁寧に拭われてしまった。けれど戻って来た指は潔白とはいえない。
リーリートは自分が朗らかな顔をしていることが奇妙だった。彼が手ずから物を食べたことに安堵していたが、なにをもってしてそう思うのかはわからなかった。
家政婦長の話によると、胡桃のマフを作ったのは先程厨房で皿を落とした彼女だという。そして修理屋で財布を取られて大泣きしたのも彼女だった。盗人が出て行ったあと追いすがって転倒して怪我をしてしまった彼女はなんとか立ち上がろうとしたが、背を向けて走っていく盗人は村のはずれへ向かっていた。
もうおしまいだと思ったが、地面に座り込む真上を颯爽とひるがえるものがあった。外套――ロライン家の象徴である深い青が翻った。扉の前で突っ伏していた彼女の上を長い脚が跳び越え、盗人を軽々捕捉すると店の前に戻って来た。まだ彼女は地面にへたっていたが、慌てて出てきた店主が盗人の頭を小突いてから男に向かって「さすがだな」と言った。




