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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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419 肉料理:レーヴェ・フロムダール(13)

樽の中で過ごす間は膝を曲げた姿勢で固まっているため、すぐに体調は悪化した。日にちも時間もわからず、上層からは豚の鳴き声がして、――おそらく船員の食事用に飼育されている豚だ――右往左往する足音がひっきりなしに聴こえている。

それなりに人数の乗った大きな船に連れ込まれたのだと察するも、頭痛と熱が残るだけで思考はたやすく蒸発していった。


助けて、出してと叫ぶレーヴェが落ち着くのを見計らって樽の留め金が外される。砂利の上に放られて、角灯の灯りに顔をしかめながら、あぁ、始まるんだとレーヴェは意識を閉じた。


周囲は既に異様な熱気だった。ひとりが近づいてくると『みてろよォ』と陽気に振り上げた脚でレーヴェの腹を蹴り飛ばした。子供の体はやすやすと壁に叩きつけられ、獰猛な顔をした男が口笛を吹いて誇る。


『みたかよ、このあしを』

『おい、背骨でも折る気かよ。まだ班長がきてねえんだぞ』

『は? せぼね? せぼねってなんだよ』

『あー……、いいや。おまえにはどうでもいいことだ』


倒れた先で掴みあげられて、吊り上げられたまま頭を殴られる。下卑た笑いが頭蓋に響き、割れてしまいそうだ。中には称賛する口笛や、『もっとだ、もっとやれ』と調子にのらせる声もあった。


樽の中へ小便をする男の鼻歌と独特の臭いが、レーヴェに痙攣を起こさせた。男たちは泡を吹くレーヴェを魚に見立てて笑い、食料の入った麻袋を開いてその上に乗せた。レーヴェはだらりと首を仰け反らせ、足から血を流しながら唾液を飲み込む。男たちは近づいてこず、へらへら笑いながら何かを凝視している。


何十人という男に囲まれる光景は、さながら悪魔の食事風景のようだ。レーヴェは皿に乗せられて切り刻まれる自分を想像した。血と体液でべしゃべしゃになっていても、彼らは調味料か何かだと思っているのだろう。しばらくして違和感に気づく。肌を何かが這っているのだ。頭を起こして麻袋の食料をみると、無数の蛆虫が這いあがってきていた。露出した肌に這う足の感触に鳥肌が立った。

一目散に飛び退くと、男たちは猿芝居をみる客のようにどっと笑うのだ。レーヴェはとうとう『やめろ』と大きく叫んだ。笑い声がぴたりと止み、鋭い眼光が四方から突き刺さる。沈黙。暴力的な沈黙――


少し離れた場所に立っていた見張りが口笛を吹いた。傲慢な態度をした別の集団がやってきて、人が入れ替わる。やる事は同じだ。死はすぐそばにあったが、死ぬことは許されなかった。

両腕に傷のある代表格らしい男の首には金色の首飾りがあって、浅黒い肌にその金色だけが浮き上がって見えた。中央にはまった大きな石から光が生じて、レーヴェのどんな傷も癒してしまう。殴られ、骨を折られても元に戻る。無理やりに傷を塞がれ、再度暴行を受けた。何度も何度も生死の境を彷徨って、船の中で共同生活をする男たちの鬱憤の捌け口にされる日々が続いた。


機会をうかがえばいつか逃げることができるかも知れないと思いながら、一日の半分を床の上で過ごし、残りは樽の中で気絶することを繰り返している。頭は働かなくなって、樽の中で折れる体はこゆるぎもしない。


同じ境遇の子供は複数いた。初めに聴いた言葉通り、各地から子供をさらって樽に押し込んでいるらしい。人が増えていくと男たちがやってくる回数も減っていった。攫って来た子供の数が増えて、手間になってきたのだろう。船底に降りてくる人もまばらで、酒盛りをする歌や樽を移動させたり分解する音を聴くだけの日もあった。男たちがこないということは首飾りの治癒がないということだ。すぐに衰弱し、すすり泣く声は減っていく。


与えられる食事と水は少なく、たまに出される塩漬けの豚肉は小指ほどの大きさに刻まれていた。それに基本的に何にでも虫がわいていたが、それすら栄養だと思って食べた。

レーヴェは自分の食事の大半を元気のない子供に与え続けた。塩漬けの豚肉さえも、口腔によだれが出るのを感じながら与えることを選んだ。そして自分は吐瀉物を片付けたり、身の回りを清潔にしようと健気に働いた。わざと男たちの助けになるようなこともした。子供を痛めつけても何とも思わない人種がいることは不愉快だったが、感情だけでは生きていけない。逃げる為にまずは一日でも生き延びる手段を探さなくてはならなかった。


ある男が他人の世話に汗をかくレーヴェを面白がり、自分の仕事を肩代わりさせた。レーヴェは笑って仕事を引き受けた。男は素直なレーヴェに歓心を得て、隠し持っていた乾燥肉を与えた。拾え、と床に落とされた肉を指差される。『はい』我ながら小気味いい声が出た。妙な感じだった。非道な人種に笑いかける自分が、同じような狂人になろうとしているように思えたのだ。






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