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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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417 肉料理:レーヴェ・フロムダール(11)

浜辺、青年に数多の口づけが贈られる。

口づけは親愛の証明といえるが、個人の身体は他人に触れさせたくない繊細な場所を有している。また性的な絆を形成するために用いる以外に相手に至福や安心を与えるためにも用いられる。親が我が子の額に接吻するように、従者が主の手の甲に忠誠の口づけを落とすように。


リーリートが青年に贈った口づけは確かに愛情に起因していた。

リーリートにとって最初の口づけではなかったが、青年の微笑ましい反応が自らの肉体に反射して、男性とは違う柔い肉体と一回りも細い腰の感じを、はっきりと思い出すことができた。

自分の容姿に関心はないが、赤面した顔を背けて唇を動かすだけで何か言う気配もない青年を見つめていると、女である喜びを感じられた。恥じらっていると形容しては不満かも知れないが、彼は耳まで赤くしながらも体の中に私を浸すことを許してくれた。


女性に恥をかかせまいとするいじらしさと声一つ漏らさぬようにきつく結んだ唇からは青年の武骨さがうかがえて、あまり翻弄しては毒になると思いながら、人をまっとうに愛したいという欲がくすぐられて結局触れてしまう。彼とひとつになっている間は心をぐるぐる巻きにしてやまない不幸も和らいでいった。年下の子供に癒しを与えてもらうことに後ろめたさを感じながら、言い訳をよぎらせる。


(――できることといえば、悪夢を遠ざけてあげることぐらいよ……またすぐに、誰かに使われてしまうのなら……)


口づけに混ぜた理力は青年の中に順調に降り積もっている。これから苛烈な道をいくことになる彼の跡に、心の残骸が残ることがないように祈っても祈り足りない。体一つしかないリーリートが与えてあげられるのは、余りある理力だけだった。

思考を区切ると、一瞬自嘲がこみあげて喉が詰まった。元より浮かべていた微笑が暗い情感を飲み込んで、青年に悟られる事なく処理する。


(殺されても見逃されても、私に残されているのは理力だけね……)


ひそかに自分自身を庇護することによって保っていた心が、おのずと壊れ始めていた。


(神様、今も私を見守っていてくださるなら、どうかお耳をお貸しください。私は入れ物として、これまで多くの理力を有し、与えてきました。町をとびあるいて、時には施療院にも入れない人が集う暗澹とした場所で寝泊まりをしました。ある晩に酒を飲みかわす男性の窪んだ目と向き合いました。頬は痩せこけ、杯を持つ手も定まらない。彼らは温情を求めていました。何も金貨や住居を渡してくれと叫ぶのではなく、無念さを抱いて死ぬ以外の終わりを迎えられればそれでいいと無表情で床を見つめているのです。施しを与えようとする私を気に食わないという人もいました。おまえの非の打ち所の無い姿をみるだけで苦しいと……早く出て行ってくれないと何をするかわからないと言って握り拳をみせるのです。貴方様もご存知のとおり、私の理力はあらゆる問題を解決できます。およそ生きる上でできないことはないのでしょう。けれど彼らは求めなかった。癒しも金貨も……神様、今にして思えば私の命をあれほど大切にしてくれたのはあの方たちが初めてだったのです。煩わしいと口で言いながら背中を押す手のやさしさや、大通りまでの抜け道を先導してくれた背中をはっきりと覚えています…………それからも私は彼らの元へ通い、他にも手の届く範囲の人々に理力を与え、金貨を与え、食事をもっていった。しだいに私の居場所が漏れて、悪態をつきながら場所を荒らし始めるものが出入りするようになっていった。彼らは私に戻るようにいいますが、目当ては私の理力です。大いなる力を追い求めることはいいとも悪いともいえません。でもとうとう住人たちの怒りが爆発し、いさかいが起こった夜。私は死を選び、そして二度目の生を得た。理力所持者となってしまった方の寂しそうな顔はいまも…………あの方はとにかく生きる事にも難儀して生きたくても生きられないような人を支えるために生きていらっしゃった。無気力で、誰かの文句に耳を傾け、何より理力なんて望んでいなかった……あの男性はもういません。でも思い出はいつまでも残っている…………これが私がした最初の罪の話です……罪が降り積もって……もう疲れてしまったのかも知れません……かみさま……)


澱んだ思考だった。青年が言ってくれた自分を愛する事の意義も理解していた。けれど、どうすることもできないことがある。自分に対する嫌悪、ヴァヴェルの事を思い浮かべる時の絶望と空しさは覆すことができないものだった。ヴァヴェルはいつまでも私に愛を囁き、情を取り戻そうとしているが、もうどうすることもできない。リーリートが得たいのは愛ではなく謝罪だった。






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