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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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414 肉料理:レーヴェ・フロムダール(8)

「……感情では正しいことをしたと思っている。そうしなければ貴方は……けれど、わかっているでしょう。これから先、目覚めた貴方がどんな目に合うか。貴方がいるのは教会の敷地、まわりにいるのは教職者。迫害を生む人たち……剣先を向けることを躊躇う人はいないのよ。直ぐに逃げなければ…」

「失敗だなんて思わないで……」


レーヴェはたまらず声色を揺らした。感情をはかろうと向けられる顔には動揺が浮かんでいる。彼女を追い詰めているのはわかっている。けれど黙っていられなかった。

手のひらを差し出すと視線が往復し、意味を問われる。催促するように軽く上下させると、踊りの始まりのようにおそるおそる指先が乗った。引き寄せると、おそらく二歩と離れていなかった距離がたちまちなくなった。

首筋に飛びかかるようにぎゅっと抱きしめる。胸がぶつかり空気が押し揺るがされると、顔を間近に見ながらできうる限りの笑顔を浮かべた。


「もう忘れてしまったのですか。愛してと言いましたよ」


男女といえど大人と子供だ。抱き合っても背丈は異なり、自分の持つ明るさや男らしさは一回り大きな女性の前で霞んでしまう。

それでもレーヴェは足を開き、しっかりと彼女を抱いた。どんな小さな痛みも腕からすり抜けてしまわぬように、愛が伝わるように強く抱きしめた。ここにいる、貴方を一番に考える相手がいる。そう伝えたかった。自分の順位はどうでもよかった。


まだ彼女の迷いは伝わってくる。触れあった場所は固まり、背中に手は返されない。すると、足元を波がいたずらに通り抜けた。二人はまともに被って足首を濡らした。靴の中にまで水がしみて、レーヴェは急いで彼女を抱き上げたがよろよろしてしまった。砂が波を追いかけていってしまったから体を支えていられなくなったのだ。踊るように体を左右に振って乾いた砂まで逃れると、レーヴェの首筋を囲んでいた手が緩み、すぼめた唇が落ちてきた。頭部に柔い感触があって胸の前の小さな空間にレーヴェの顔がおさまる。甘い匂いがする。が、さすがに憚りを感じて視線を地に逸らした。


頭を抱かれたまましばらく立っていた。抱擁は少しずつ彼女の症状を溶かしていく。そんな気配があった。ようやく顔をあげた彼女は微笑して「……あったかいね」と言った。

触れあっていた場所が熱を求めてうずく。体の内側がうんと締め付けられるような感覚と共に「うん……」と幼く返す。


「……こんなものを知ってしまったら…あとでつらいわ……」

「何故」

「だって……ひとりだもの」

「なら私をもらってください。そしたら一人じゃありません」

「貴方……もっと自分を大事にした方がいいわ」


片眉をつりあげて目を細める。沈黙は長く続かず、どちらともなく笑って二人の声が海辺をころがった。幸せだった。途中で二人分の足跡を上書きしたことに気づかずに二人は幸せになった。





男女は身を寄せ合い、顔を寄せ合って更に奥深くひとつになろうとしていた。

いつまでも離れたがらず、実の無い話をしながら分かりあった"つもり遊び"に興じている。一人の男がそれらを眺めていたが、姿は透明になっていたためもう世界から弾きだされていたに違いなかった。


あれ程降っていた雨は止んで、真夜中に満月がそこだけ照らしているような眩い光の下に二人は立っていた。光の輪を頭部に頂き、水際で遊ぶ姿は令嬢と召使いというような、実にありがちな、決別が約束された結末だった。


男は息をひそめ、じっと機会を窺っていた。いつ女の目がこちらを向いて、後悔へ落ち行くしかなく澱んでいくかも知れなかった。今二人は身に迫った緊迫から逃れる為に、やむにやまれぬ事案を互いに任せていた。だからいとも容易く自尊心が満たされて、今迄の生き方なりを肯定されているような感覚に陥っている。いわば交わりを要さない快感に熱中しているのだ。


(……これを裏切りと呼ばず、なんといえばいい…)


女のまとう微笑を、誰かまうことなく吐きだされる甘い吐息を、身体ごと塗りつぶしてやりたかった。組み敷いて、貫いて、息も出来ぬほどにしぼりあげたいのだ。かっと熱がうねるも、同時にそういった俗人的な思考は滑稽に感じられて自嘲する。男は女の事を―――


(……………………)


鋭く光る目は彼女を抱きあげる青年へも向けられた。

切り裂かれた衣服をそのままにした無粋で無礼な子供は、垢まみれの手で彼女の頬に触れ、鹿のごとく美しい背中や腰に手を置き、何をしても彼女の方に顔をめぐらして、微笑には微笑を返し、おどろけばおどろいてみせている。






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