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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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408 肉料理:レーヴェ・フロムダール(2)

彼女の言葉は神託であり、死の宣告でもあった。

必死に乱す頭に"ゾアル"という冠を授けられ、その茨の冠は激しく緊縛した。目を瞑って耐えるほかなく、またそれを迎えることしかできなかった。

おそらく彼女は、ゾアルに生まれし者は男女に絡んで死すべき定めの種族なのだと知っている。無残に殺されるだけの種族であると知っている。ならば、ここで死ねと言われたことになるかといえばそうではないのだ。無言のそのあと、真面目な怖い顔をしてじっとこちらを見ている。とやかく言われていたら、危ういままに唇を曲げてしまっただろうが、彼女は声を胸におさめて、どこへも行かないで待っている。胸の中で何かが他を押し退け、ふくれあがる。恐怖の裏側に一匙の幸福があった。


けれども、私は何も返さなかった。

彼女から渡してもらったものを冠と呼び、迎えることしかできなかったと情けなく言いはしたものの、本当は透明で目につかなかったというだけで、生まれた時から首から下げていた名札があることを知っていた。

その名札にはゾアルであるとは書いていない。けれど自分に種族があり、父と母と同じ尻尾が生えてくるのだと疑ってはいなかった。彼女は言った。この場所はレーヴェが描き出している光景だと。ならば蛇と出逢った時、場違いな言葉を吐いたりして、心を多忙にすることで逃れようとしたこともある意味では自作自演だ。蛇は"ゾアルと自分"とを切り離して考えたいという逃避なのだ。黒い鱗で覆われた愛らしい生き物が「さようなら」と自ら去ってくれることを願って、意味ありげに見せただけのこと…


(………………お前は本当に情けない奴だな)


屈辱に耐え切れず体を折り畳む。目の前の強くあたたかな視線を受ける資格はなかった。ふとももに頭を擦りつけ、憐れな存在として心の中で唱え続ける。「死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ、死んでしまえ」

祝祭という残虐な殺人行為を止めなかったことだってそうだ。非道な行為であると認識しながら助けにもいかなかった。声もあげなかった。一人の男が死ぬとわかっていて、理解が及ばぬふりをしてバティストンとシャルルに迷惑をかけて結局いつもの日常に戻ったのだ。死を忘れ去って――


「ひとりじゃない……私がいるわ、ここにいるわ。痛みなら私に分けてくれていいの……」


軟弱な心に彼女の柔い体が覆いかぶさる。背中に熱を感じ、たまらず顔を上げた。自分の感傷など知ったことではない。

憂いにかげる体を傾けて二人は体を合わせた。頬や額にやさしく落ちる唇は、この世で一番美しい人からの慰めだ。空虚を咀嚼していた心ごと抱き寄せられ、浅ましい幸福の発露を見せまいと歯を食いしばる。差し出される無償の愛や欲のない唇は躍動し、柔い体に包まれたままレーヴェは赤い目を伏せた。


あたたかいな――たとえ幻だとしても熱を感じていた。母に逢いたいと思った。こめかみに唇が落ちる、合図のように。


次に目を見開いた時、狭い部屋の中にいた。天井が低く、立て付けが悪く、隙間風が窓枠をひっきりなしに鳴らしている。台所に立つ母には尻尾が生えていて、包丁の音と共に細い尻尾が揺れる。元から「ここにいる資格があるわ」と自信たっぷりで、三本目の腕もしくは三本目の脚として生活の中に溶け込んでいた。レーヴェの前には幼いレーヴェが座っていた。足を振って勢いをつけて椅子からおりると、つるつるとした腰に手を当てて「かあさま」と舌足らずに呼んだ。母は料理をする手を止めて振り返った。向かい合う二人を見ていることは辛抱することが全くもって大変だった。くしゃくしゃの顔をして、涙と血で汚れた体のまま抱きついてしまいたかった。母様――これは幻の母様だ―――幼い記憶なのだ。


『どうしてぼくにはしっぽがついてないの』

『尻尾? 尻尾がどうしたの。今日のお祈りはした?』

『した』


幼い私は随分と分厚い、もこもことした上着を着ていた。腕の三本は入るだろうふくらんだ袖には小さなほつれが複数、よく擦れる場所には毛玉がたくさんできていた。記憶では確かに灰緑色の上着を好んで着ていた。並ぶ二人を見ながら、レーヴェはふと上着のごわごわとした感触が貧しい家の者が好んでまとう服なのかも知れないと思った。ほとんど無意識の、悪意のない気づきだった。それはフロムダール家で良い服を着るようになったからこそ至る発想だった。この頃は縫い目を裂き、傷んでいない箇所をつなぎ合わせた服を着ていた。室内を見渡せば底のすり減った靴、傷だらけの飯台、部屋の片隅に積み上がった石――あれは修学の道具であり、遊び道具だった。数年後のレーヴェは明らかに石を見た事も拾い上げたこともない。どこをみても簡素で、寂しくて、息もつかずに目だけで室内を食い尽くすことができてしまう。


『ねぇどうして』

『そんなこと誰もわかりはしないわ。貴方を生んだ時だって男か女かわからなかったもの。ないとだめなの?』

『だめなの』






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