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04 昔語りと、

「君も知っている話だ」


聞き飽きていると思う、と男が口にする。体躯の大きさに似合わず自信がないのだ。下がり眉のなんと可愛いことか。思わず「ふっ」と吐息がまろび出た。リーリートの眉と唇が片方だけ器用につりあがる。愛おしさがつい顔に出てしまう。


君が選ぶならどんな話でも構わないと告げて、晴れない顔を一撫でしてやると表情の乏しい男の空気が和らぐ。こうして時折見せる控え目な笑い方は、お互い歳を重ねても、幼い頃と何一つ変わっていなかった。


(お互い歳を取った。君と出逢った頃はまだ……背も同じくらいだった)


思考はそこで止まる――。

昔の事を思い出すと、いつも胸に薄暗い感情が渦巻いた。肺が締め付けられて、深く息が吸えない気までしてくる。


(やめろ……)


自身に命じながら道理に暗い錯覚を打ち消す。先程の容姿の話といい、嫌悪の情が顔をのぞかせていることに吐き気がした。不要な感情を歯を食いしばって飲み込むと、次の瞬間には何もなかった顔でシャルルの太腿に頭を乗せた。


その間もシャルルの視線は張り付いていた。毒気を飲みこんだことすら聡い男は見抜いているのだろう。心配をかけてしまっている。長い付き合いだ。それぐらいわかる。


けれどリーリートにも意地があったので視線からあえて逃れ、全身で寝物語を聞く空気をかもしだす事にした。さぁ始めてくれと言わんばかりに男の太腿に手を乗せて、数回耳を擦りつける。

けれど残念なことに余所事に気を取られていたせいで足元に意識が行かず、彼を蹴ってしまった。慌てて足元を見ると、骨ばった手が患部を確かめていた。

ぶつかった相手――正確には尾だが、既に浮き上がっていて、先端は項垂れていた。まるで双頭の蛇が謝罪しているように。


「痛みは? 傷はなさそうだが、ひりついていないか? 軟膏を持ってこよう」

動こうとする彼の腕を抑えて首を振る。

「必要ない。すまない、今のは私が悪い」


ぶつかった脚は赤みが差しているような気がするが、特に問題はない。注意を怠った自分が悪い。


「それより、そんなところに浮いてないで」


自分の肘を掴み、胸の前で輪を作る。寝そべっているため歪んだ円ができたが意図は伝わっている。その証拠に時間をかけてそろりと輪の中に尾が差しこまれた。

二又に分かれた先端が重なり合い一つの尾となっているのは不用意にこちらに触れない為だろう。軽い接触で腫れるような軟弱な体なのだから、シャルルの気持ちも理解できる。


お互いのために動かずにいると、長い尾のほとんどがくぐり終えた頃には少し腕が疲れていた。我ながら体力が無い。

悔しさもあって、いまだに浮いている尾を遠慮なく抱き寄せた。髪が乱れるのも構わず頬ずりをすると、動揺か、戸惑いか、多分両方だろうが鱗の下が引き攣るのを感じた。色々思うところはある。謝罪の意味もあった。疲弊して気持ちの上で寄りかかろうともしていた。


けれど有鱗の皮膚の冷たさは心地よく、リーリートはすっかり魅了されてしまった。胸に残った暗い気持ちがきれいに消えていく。


種族相応の彼の体は、例えるなら太い幹のようにがっしりとしている。臀部の少し上から生えている尾は幹から伸びる太い枝のようだ。

自在に動く三本目の腕は(二又に分かれているから四本という方が正しいか)さぞかし便利だろうと尾のないリーリートは思うが、シャルルは滅多に尾を活用しない。悠然とただそこに在る、体の一部だ。


尾の頂点にある二重尾櫛も、尾の付け根から首の後ろまで脊椎にそって張り付いている皮骨板も、何もかも美しい。リーリートはずっと同じものが欲しかった。


感触を楽しんでいると頭上から「そろそろ……頼む」と小さな声が落ちてくる。くぐもっているから顔を覆っているのだろう。声色に含まれた恥じらいに、リーリートは笑ってしまう。可哀想だから顔は覗かないでおこう。もう一度、今度はとがめるように甘く名前を呼ばれる。それでも聴こえないふりをした。やっぱり今日は甘えている。


シャルルは眠る気のないリーリートの髪を梳きながら、ふと遠くに視線を向けた。研究室の窓の向こうの深い森、そして明け方の空にそびえる黒い山を眺めながら口を開いた。






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