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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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395 肉料理:■■■■・■■■■■■(8)

「献上品がゾアルだなんて……そんな冒涜的なことがあるか。教会をなんだと思っている」

「閣下の御前だぞ!」

「それどころか此処に在ってはならん存在だ! 聖堂を穢してはならない!」


意見は最初から統一されていた。少し離れた場所で断じていた者達を割って一人の男が前に出た。見慣れた教職者の白服は何の制約もなく抜剣して、剣先をレーヴェに向ける。尻尾は男の方に素早く先端を向けた。敏捷な身のこなしは倒れるレーヴェの意思に反して、一顧の生命体のように存在していた。シャルルは間に飛び込んで大きく叫んだ。教職者に盾突くことも、これほどの大声を出したこともない。そうしたことをしなくてもいいように生きてきた生涯が獰猛な顔つきの教職者たちと向かい合う。


「そんなもの必要ないでしょう!? やめてください! 怪我をしているのです! 何かしましたか!? していないでしょう!?」


両手を精一杯広げる。教職者の目はシャルルでもレーヴェでもなく、頭上の尻尾に向けられている。獣を討伐せんと周囲はじりじりと距離を詰めてくる。今にも雪崩を打って殺到してくる気配があった。男はちらとシャルルを一瞥した。


「退かれよ……わかるだろう。穢れた者がこのような場にあることは許されない。見たところ貴方は……ゾアルではない。そこにいる方も違う。ならばどうなろうと関知すべきではない。それとも……その子供が身内だと言うつもりか」

「それは……」

「その黒い尾と鱗、間違いなくゾアルだ。生きているだけで罪を追う生き物だ。人ですらない」

「人です!」


バティストンも妻のレニエもシャルルも其々が別の種族である。夫妻の実子アルもギンケイで、赤子の頭髪には既に種族特有の美しい濃淡がついている。フロムダール家の中で種族をもたないのはレーヴェだけだった。

レーヴェには元から種族的特徴がなかった。確かに妙なことではあるが、それ自体は問題にはならない。世には先天的な特徴を持っていても幼少期に不幸があり角を失くしたり、尻尾を切断してしまう者が少なからず存在する。特徴を失った者の中に紛れ、元から特徴をもたないレーヴェは多少の差別を受けても、豪商の息子という立場がそれを覆い隠していた。レーヴェもシャルルもバティストンも、血のつながりだけみれば全員が他人だ。だが、家族になろうとしていた。


今夜バティストンはシャルルをフロムダール家の養子に迎えることを許可した。

豪華な部屋にかすかに放たれる音楽、ゆったりとした談笑、光源が複数ある室内で商人の仮面を剥がすことは愚かなことだった。だけど突然に訪れた幸福に、涙が流れた。


『お前を養子にする。とっくにしているような気がしてたが、気がしていただけじゃだめだと思った………確かに今じゃなかったかも知れない。ひどかったな……怒るな。まぁ、そのなんだ。嬉しくてな……咄嗟に………そういうことだ』


思い返すだけでもう死んでもいいと思えた。それはシャルルが長年隠し続けた夢の終着点だった。そして可笑しなことにレーヴェの宿願でもあった。バティストンから突然膨大な熱を注がれ、瞠目するシャルルの後ろでレーヴェは自分の事のように喜び、みっともなく泣いていた。二人で別室に移動したあとも涙を止める事ができなかった。よかった、よかったと手を額に擦りつけて泣き笑うレーヴェをみたとき、シャルルにはわかった。とうとう認める時が来てしまったのだと。


涙のあとが照明に照らされてきらきらと光るたびに、シャルルは自分の薄暗い生涯が照らされるような気がした。綺麗だな。私だって嬉しいよ……、そう言いたかった。お前のおかげだと。だけど今更そんな恥ずかしがって言えなかった。だが、そうすべきだったと悔やんでいる。何が何でも伝えるべきだった。シャルルの目の前が完全に暗くなる。膝が力なく折れて、まだ何も言い終わらない内に横を剣先が通り過ぎた。レーヴェが死んでしまう―――


「ぁあッ!!! あぁああッ!」

「!?」


レーヴェだ。レーヴェが床の上で背を反らし、両腕を上下させて必死に床を叩いている。抵抗でも、自衛でも、自棄でもない。発狂している――


何度も何度も渾身の力で叩きつけられる手は、さらに尻尾を興奮させていく。

尻尾は喜々として悶えると、根元を限界まで曲げてレーヴェの細い体を裂き始めた。人を引き裂く残酷な見せ物だ。野師も、調教師もいない。レーヴェの悲鳴だけが掘り起こされる。


死に際の絶叫が廊下を走る。誰もやめろとも言えない。死んでくれと石を投げる者もなかった。手を下すよりもむごいことが目の前で起こっていると、ただ見守ることしかできない。男は振り上げた剣先を下げた。皮膚の下にあるはずの骨が輪郭を越えて浮き上がり、赤く湿った肉が骨と一緒に持ち上がる。散々罰を受ける体のどこを突き刺せばいいのかわからなかった。






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