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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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38 弾丸と、

リーリート・ロライン、レイクとレヴの三人が地上に戻るまでの三分間、彼らを包む閉塞した大地は震撼していた。

振動は歯の根を揺らし、息遣いを乱した。波のように次々と天井は崩れ落ち、三人は一塊になって互いを支え合った。レイクの心臓は恐怖でどくどくと震え、精一杯の力で二人を抱きしめる。もうやめてほしい。神様おねがいですから。そう何度も念じた。


障壁の向こうは、もうわずかな隙間も見えなかった。岩の下敷きにならずに済んでいるが、それでも小さな空間に閉じ込められたことには変わりない。突き上げるような振動は、障壁の中を暴こうとしている。

レイクは外でのことを考えた。ここを出たら何をするか。何をするべきかを。



シャルル・ヴァロワは口の中に溢れた血を吐き出して、顎につたった残りを手の甲で拭った。背中が湯沸し器を背負っているように熱く、十秒ごとに上肢の骨が締め付けられて、激しい痛みを感じていた。

ほんの少し重心を動かすだけでも、噛みしめた歯が沈み、唇から血があふれ出る。シャルルは腰に強化縄をくくりつけ、陥没孔となった排気斜坑の中に飛び込んでいた。その手には、鋼鉄でできた筒を構えている。理力銃と名付け、開発した女を救うために銃口を岩に向け、引き鉄をひく。


重い音が腹に響く。反動を胸に受け、一瞬怯んだ体を再度引き締める。痛みも構わず、右手で素早く先台を引き戻すと、排莢口から空の薬莢が白煙とともに飛び出ていく。狙いを定めるのは、先程白狼が現れた壁面。小さな目標に弾着させなければならないわけではないことが救いだが、鍛え上げた体でも受ける反動の強さと、実用さを無視した重量に苦しめられる。長いことこうしてはいられない。


排莢口からさらに薬莢が排出される。シャルルの睨む先で、脆い苦灰質の岩壁が自重に耐え切れず瓦解した。抉れて半円になった場所で、白狼が一回転し、鼻先を壁に向け、シャルルの方も振り向く。早くしろと急かされている。わかっている、もう少し、あと少しだ。シャルルは引き鉄をひく。


装填されていた五発の理力弾をすべて撃ちきると銃ごと放り投げ、そばに浮遊していた次の銃を握る。速射性のある試作二号機だ。そして背後には、三号、四号、最新の五号が浮いている。

それらはすべてリーリートが作り出した理力銃という殺傷を目的とした武器であり、これほど卓越した精度と破壊力を有するものはこの世に存在していなかった。


シャルルの耳飾りにアルルノフの通信が届く。


【装填されているもので最後です】


排気斜坑の底面は陥没し、その瓦礫は第八坑を埋没させている。今、その坑道の上部が微かに覗ける。

五号機まで撃ちきり、残弾はひとつのみとなった。そこにはまだ瓦礫の海があり、体を半分失くした白狼が姿勢を低くして呻っている。


シャルルは胸の拘束具の強制開閉弁を解放した。


連結する機関部が従動し、高速回転を始める。主構を支える部材から過重に耐え切れぬというように悲鳴があがる。

シャルルの背中は燃えるように熱くなり、体の水分すべてが蒸発していくような苦悶の中にいた。過熱されてからからになった体が危険な音を立てて警告を告げている。それでも、息絶えるまで一人の女のことを考えた。彼女はあれほど脆く弱い体で、理力が人より使えるというだけで危険を冒し、自らを犠牲にしている。ただそれをやめろとは言わない。彼女の生きる意味を否定したくなどない。しかしシャルルは彼女を想うだけで、胸を押し潰されそうになる。


シャルルの背中に垂れ下がっていた巨大な銃身が身を起こした。銃口は太陽を睨み、シャルルの頭上を通り、ゆっくりと胸の前で止まった。腹に力を入れていないと、腰が折れればそれで終わりだ。重量を支える為に岩壁に両脚を押しあて、銃身を構える。

シャルルの体はぎしぎしと異音を鳴らしていたが、それが上肢を包む鋼鉄からか、己の骨であるかは判別がつかなかった。胸の前で銃身を固定し、満足に吸えない肺を動かし、浅い呼吸を繰り返した。体はひとつの武器に成っていた。心臓の位置、薬室には一発の理力弾が込められている。蝶番で止められた蓋や銃身を構えるための取っ手などの武骨な形や、小型化や持ち運びを考えない姿は、効果のみを追求した最初の試作機らしさがある。


初めてこの原理試作機を稼働させた時は、研究室に面する森の一端を消し飛ばした。地響きと共に抉れた森と、慌てて飛び去った椋鳥たち。反動で後方に吹き飛んだシャルルの耳から鮮血が零れ、リーリートはめずらしく慌てていたのを思い出す。

直前にしていた会話の色も香も綺麗に吹き飛んでしまったから、気づいたら二人で笑っていたな。なぁ、リーリート。


脆い岩盤に照準を絞る。片目が痙攣した瞬間、破裂音が遅れて空を切り裂いた。


白狼が、放射状に広がる瓦礫の中に猛進していく。岩をすり抜け、空中を蹴る足はほとんど白く靄のようになっている。

シャルルは上肢を覆う鉄を自壊させ脱ぎ捨てると、白狼が駆け寄った方向に目を凝らした。


瓦礫は一点を中心に吹き飛んでいた。真ん中には泥砂でできた球体があった。上部から少しずつ砂が落ち、中が露わになると、シャルルと白狼が待ち望んでいた姿がそこにあった。






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