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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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370 肉料理:----・------(162)

「これから酷な事を言うが、無定見と断じてもばかげた意見だと思ってくれてもいい。だが、私の本心からの言葉だということは念頭に置いてくれ」


青年がそれにとりかかる決心をしたのを見てから、私は言った。


「神はいない。誰も君を助けたりしない。信仰とは目に見えぬものを確信し、望むものを見出す、精神的な依存だ。確固とした根拠を証明できるものではない。教会は歳も性別も種族も異なる多種多様な思想を沈黙させるために信仰を用いている。神を尊び、暖かさ、愛情、献身を見出す人々の為に在ることを謳いながら、一切の食い違いも許さずに体裁を整えることに終始している。制度を仰々しく見せているのも教徒という確実な収入源を獲得するためだ。ただちに死ぬことはない、だが生きる為には犠牲を甘受しなければならないとわからせようと努めているが、息つく暇を与えられぬ民衆はそれすら気づかない。生活を苦しくしているのは教会だ。これは教会の精力的ともいえる死の処置の他ならない。沼に足をとられた人のために甲斐甲斐しく援助を講じながら、時間を容赦なく浪費させていく。沼を管理しているのは教会だとは誰も知らない。これらは真実だが、意味のない散文でもあることは理解できるか? 私の言葉がどんなに賛同し難い独自の見解だとしても、教会と民衆は救済と庇護の点でいえば一致して互いに補っている。なにしろ両者は搾取者と被搾取者の集いだ。願望は常に一つであることに変わりはない」


素敵なことは何一つこの世にないと、大主教の口で紡ぐ。彼は何も発さずにじっとしている。


「信仰と欺瞞、この二重生活の基礎を裏付けするのは、人の最も身近な感覚、"感情"だ。君のような知ることを使命にしているような者も、なんだって解明されなければ不安で仕方がない者も、はげしい論争を避けて根っから神を信じる者も、一様に教会観に押し込められて生きている。うちとけて共に祈っている時間には日常生活の困難をすべて忘れることができるだろう。思想交換を防ぎ、ますます教会の習慣に染められていく。信仰は実に複合的な幻覚だ。制度的で搾取構造がはっきりとしている。教会は"言葉"の力を利用するのが上手いんだ。相手を信頼する言葉、愛を囁く言葉、嫌悪を伝える言葉、私達のあいだには"言葉"が存在し、絶対的にも相対的にも優越性をもっている。わかるだろう? だから私はこの地位にありながら、困窮者に歩み寄り語りかけもする。そうする事で立場をかため、思考を放棄させる」


ディアリス()はこうした話をしたことがなかったのか――青年はすこぶるあからさまに動揺している。


「これは大主教ではなく、()の言葉だが……誰のことも信仰してはならない。神も、私のことも。何故なら君は幼稚で、自分の軸もなく、さしあたり大多数と一致することで問題が解決したと思っているからだ。賢くあれるというのに、自身を追求することから逃げているね。私に君の所有権があり、また自分には私の最期を看取る権利があると思うのは私への影響力を獲得したいという下賤な欲望が見え透いている。誰かと紐づいていなければ生涯の模範的手本がなく、どこに歩いていけばいいかわからないのだろう? 君の視野は狭く惰弱だ。低位に甘んじて、泥土で自分の価値をつくっていてはいけない」

「…………」

「難しいことではない。己を信じ、己を磨き、自発的な決定に基づいて生きる。それがどんなに些細な一歩でも構わない。正しく生きるとはそういう事だと私は思っている」


自己が確立していればいかなる幻想をも打ち砕くことができると、あたかも実の息子にたいするがごとく言葉を集約させる。

青年はまだあまりにも成長途中であり、あまりにも惰弱で、大部分にねじ曲がろうとする依存の芽吹きが感じられた。入室してきてから冷静に詰問していたのも、根底にある自己価値への信用の無さが原因だろう。先程の発言が契機となり、理解に至る。

これまで多くの経験をディアリスの元で積み上げ、その功績もディアリスの養分として消費されてきた。立場を利用したよくある搾取だが、青年はその程度でも充分に自分の価値が表現できると思い、命を平気で差し出して大主教の役に立とうとしている。だが、今日という日に役割を与えられなかったことで途端に価値がなくなってしまったと拗ねているのだ。そう、無表情に見えて拗ねている。


可哀想と不憫を味わい分けることのできるヴァヴェルでも、青年の評価を地に落とした。彼は困惑している。何故疑問に感じるのか、根底が理解できていない。稚拙な感情を発露する術を知らず、曲折して本題に切り込むこともできないでいる。大人になりきれていない子供、それが側近でいるというのは気分のいいものではない。感情をまともに扱えないようにディアリスに処置されているとみてよかった。若い時分からこうなるように育てていたのだろう。自分の思うままに牽引する為にくびきを打ちつけて。






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