367 肉料理:----・------(159)
「龍下や大主教がそう仰られるのであれば信じたでしょう」
「人民はどうかな? 何も口にすることもできず、利益と目的の言いなりとなっている少女など道端に寝転んでいる。美しいというだけで装飾品にされている娘もな。彼女がどんなに美しく、高価な装いをしていようと、人民に彼女の持つ資質そのものを認識してもらわねばならなかった。今夜大広間にいたのは貧困と言う病に侵された国を救うべく、力強い支援をしてくれた人達だ。世界と言う総体の代表者たちといっていいものだよ。彼らは理術にも馴染みが深く、必要性も理解している。自らが高度な術者であり、教会との関わり合いが深いからだ。国を救うためには、彼らの存在が不可欠だという事はわかるね」
青年は話を遮らずに頷くだけに留める。意味を噛み砕くために力んだ首筋の肉と、眉間の皺が至らぬ若さを表している。
「だから私は彼らが望んでいる"圧倒的な希望"を見せた。彼らが捧げてくれる時間や労苦に見合う報いが、この先に必ず待っていると示してやるために。寄付を搾り取るだけ取って終わりにしてしまうのは悪魔のすることだろう。人の生には必ず報いがなくてはならない。彼女は海を軽々と持ちあげて自在に粉砕した。あれほどの理力があれば何ができるだろう? 何でもだ。停滞している各分野の研究を一気に進めることができる。人が何十人と集まっても動かせないものを彼女ならば一瞬で吹き飛ばすことができる。行き詰っていた隧道が貫通し、数年を費やした艱難は一つの過程となりさがる。各都市をつなぐ街道は安全に通行できるようになり、人や物の流通速度が改善される。私達の国はたえず変化し、変容してきたが、残念ながら長らく発展してこなかった。妨げる内的な問題が多種存在しているが、そのほとんどは放置され、的外れな方向にばかり金を使っているからだ。これらもすべて理術者が不足していることが原因だ。いにしえのアクエレイルは豊富な理力に包まれていた。人は理力に明るく、快適で安らかな時を生きていた。聖典には彼らが有した技術が記されているのに、今を生きる我々はそれを叶えることさえできない。理力を持たずに生まれてくる者が増え、衰退が迫りつつある。だが彼女がいれば、いさえすれば、すべてが解決に向かう。今ではなくとも、この先の世代が苦労をすることはなくなる。私のあと、君のあと、まだ見ぬ命が苦しみを知らずに生きていける」
「……ご立派な主張だと感じます。ですが、一方で少女の尊厳は無視されているように思います」
「先に君の見解を聴かせてくれ。どう思っている」
「……少女の聖性を私達が喰らうとして、獲得したものを有意義に使用することはできます。ですが、それは同意を取るべき事柄なのではないかと思います」
「同意が取れたとして、それでいいのだな?」
「……」
「頷きたくないのだろう? 君がいう尊厳は踏みにじられたままだからな」
「……命を使用することに、どうしても躊躇いが生じます」
「本当に? 私は急に善人ぶる者の多さに戸惑っているよ。人々は平然と人種を差別している。神と似た姿態をしているゾアルは存在自体許されず、激しく虐げられている。遺体を引きずり、退魔の証として石を投げられて燃やされ、残忍な行為が祭事となって受け継がれている。むごいものだろう。だが、人々は笑顔だ。手を取りあい、共に鉈を振るいあげ、共に肉を削ぐ。ゾアルを害することに何ら疑いを持っていない。だのに君は、少女を庇護対象とみている。彼女を守らなければと思っている。何故だかわかるか?」
「……いいえ」
「女だからだよ」
「……私は……女子供は守るべきものだと認識していることは事実です。ですが、ゾアルの女子供をどう思うかは、考えたことがありません。それは回避ではなく、考えるに値しないという事実です。祭事も参加はしたことはありませんが、存在を否定しようとも思いません」
自分の中を透視しようとして、できないでいる青年は正直に胸の内を吐露した。相応にディアリスを信頼していたのだろう。
「……女を守らなくてはならないという絶対的真理は存在する。女が種を育むために必要な母体であるからだ。これは肉体的役割の話だ。女という枠の中に生きるすべてを守るべきだと、男の奥底には刻み付けられている。そこには"母体"という価値が主眼にある。だが、その母体が理力に変わっただけだとしたらどうだ。子を産むための胎で理力をあたためていると想像してほしい。彼女を殺すことで理力との楔、へその緒が断たれて、身の内に溜められた膨大な理力は他者に譲渡される。理力放出は出産と言い換えることもできるだろう。そして彼女は何度でも孕むことができる、稀有な存在だということも見せた通りだ」




