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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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361 肉料理:----・------(153)

そういった熱量を直接告げられたことはなく、いつも冷ややかに固めている顔にこれほどの嘆き悲しみを描いてくれたことには、少し感謝の気持ちも湧く。確かに長い付き合いだった。だが、対極の立場になった今では窓外から家屋の中を覗き見るかのように隔たりも感じていた。この男は常に冷静と冷酷に努め、信仰から情感を排しながら生きていた。その点を高く評価していた。だが、結局凡庸な者たちと同じように人情に溢れ、情感を統制することができないことがわかってしまった。やはり人というものは見込みがない種族だ。


だが、こうも考えられた。龍下であった頃、ディアリス…いや、ヴァヴェルは誰しも究極的に愛し、同時に見下していた。誰からの愛も受け取ったことはない。表から見れば博愛といえたが、万人に興味がなかったと言い換えることができる。アーデルハイトは盲目的な尊敬に思考を塗りつぶすことなく、適度な距離を見抜き、崇拝を隠し通していたとすれば、この男を賢い目でみる気にもなれる。愛には様々な形がある。互いに結ぶことを望まない愛もあるだろう。


『アーデル。龍下が少女を痛めつけていたと知り、彼の正しさに対して猛然と疑惑がわき起こっているんだろう? 国民に精神的隷属をしていた龍下が、実のところ裏で子供を従属させて、権力を永遠にするために最もひどく取り扱って、あらんかぎりの方法をもって堕落させていた。と、私が言って、そして見せた。彼こそが国の指導者であり、悪魔でもあったことをな』


耳から真実が通る度、アーデルハイトの首は傾いていった。しまいには顔は私を逃れ、横たわる足元を過ぎ、小卓に置かれた水差しを見つめた。わかりたいが、わかりたくないという気持ちに侵された男は小さく呟いた。


「………………彼女は……いつ」

『先に答えてくれ。どこまで知っている』


沈黙を選ぶ者の目は窓外へ行くも、掛け布に阻まれて床に落ちた。唇を舐める。何か知っているようだった。


『君は私の闘いを知らず、私もまた君の苦悩を知りはしない。君の感じる疑惑の重さをわかってやれるのは私だけだと思うが』


一瞬聞き流すかと思われた顔は、振り返った。対話に応じようとする男に、同じく神妙な顔で応じると鏡面にうつった己に答えるようにつらつらと言葉が溢れた。


「…………動揺していると認めよう。私はいま泥田に立っている。大主教としての責務を果たすべく、信念を律する必要がある。そのためには揺るぎない観念の土台を生み出さねばならない」

『(その調子だ)』と頷くと男は体裁を気にして眉を顰めた。

「子供に労働義務を負わせ、ことに毎日厳しい業務にあたらせ、労働力を搾り取る。そうしたことは多かれ少なかれ発生している。子供は健やかに育てていかなくてはならないと教義にあるが、実際の扱いは配慮が行き届いていない。儲けたい者、楽をしたい者、冷たい理知を働かせる者。簒奪者の前では人命は軽く、生死は生活と直接結びついてしまっている。本来……命は視座が異なるものだ。最も崇高で他人に左右されるべきものではない……だが無節操な民衆さながらに、命の在り処を嗅ぎつけてくる者がいる。憤怒を禁じ得ない……貪る大人も、いつも後手にまわる私にも……』


彼の言葉を否定しても埒が明かないことはわかっていた。一切閉ざされた心で、物を吐きだしたいだけなのだ。


『大主教の職責も、教育のない人々の助けにならなくてはいけない苦悩も理解できる。できるが、行動をしない限り救う事は出来ない。苦悩が終わることもない』

「……もし本当に少女に重苦しさを強いて、濫觴の民ではなく、別の注釈を加えていたというのなら……」

『残念ながら私の証言には裏付けが存在する。いかに君が性急な推論は差し控えたいと思っていても、事実なのだ』

「……時代を歩む者には批判が付きまとう。彼はアクエレイル(この国)に必要な存在だった。まったくむき出しの憎悪を向けられるには……彼の功績がかき消されるのを見ていられない」


少しずつ滑らかになっていく口は溜息をついた。彼は今、投網の中に閉じ込められた魚のように同じ場所をまわっている。


『アーデル、いつものように感情を選別するんだ。指導者とは一切のものを否定できる者の呼び名だと、かつて龍下はおっしゃった。あの方でさえ多くのことに悩まされていたが、日々それ以上の選択をしていた。理論的に成すべきことを考え、決別し、民衆の為に何ができるかを思考する。できるさ、不安にかられただけで君は死なない。さあ、まず見解を生み出すための対話をしよう。私もシュナフも瑕疵があるいま、君の必要性ははかりしれぬほどに大きい』






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