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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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358 肉料理:----・------(150)

「この男が何を発しようと、それが言葉になっていなくとも何も聴き取るな。この男は声でさえ武器にしてしまう。だが案ずることはない。所詮体を起こすこともできない病人だ。いずれ態度が改まり、しでかした罪の大きさを悔いることになるだろう。我々は思考し、選択する生き物だ。単なる獣になるか、人で在り続けるかを選んだ結果、なれの果てがこの姿だ。君達も選択を迷う時がくるだろう。だが、私の元で愚物となることはない」と、いった辺りだろう。アーデルハイトは甘い言葉を吐く男なのだ。


彼は戻ってくるなり忌々し気に振動石を拾い上げた。


「……状況を見極めない言葉ほど滑稽なものはないぞ、ディアリス」

『私にとっては大半の事が滑稽だ。だが、そうだなアーデルハイト。君が治療にあたってくれることを今ほど嬉しく思ったことはない。優先されるという事はとても嬉しいことだと、しばらくぶりに感じることができた。だから君が欲しがっている言葉をあげよう。私がまだそれなりの段取りを立てていると疑っているなら、もう手遅れだ。おっと、怖い顔をするな。心配せずとも、もう私の打つ手はない。この通り』


片腕をあげようとしても、布が垂れさがった肩だけが少し動いた。それをみていたアーデルハイトは不機嫌が極まった顔をしながら「まだ片手が残っている」と言った。

ディアリスは大笑いしかけた。


『見定めがつくから始めたんだよ、アーデルハイト。これは敗者の傷ではない。目的は達成された。あの少女はロラインが保護しているのだろう? ならばいいさ。下卑た老人に囲われているよりかは余程いい』

「……だがロラインはあの子を濫觴の民と思う事はないだろう」

『だろうな。父娘の真似事を始めるつもりだろう。いや、続けるか。あれほど美しく成長した娘だ。しかも血縁でもないのだから、老いた身には毒にも薬にもなるだろう。義絶を偽装した息子達を呼び戻して、娶らせれば正式に縁付かせることができる。だが民意が許さない。龍下からロラインに怒りの矛先が変わるだけなのだ。手放さなければならなくなるとあの男もわかっているだろう。君も見通しているのだろう?』

「起き抜けにそれ程口が回るなら答えてもらおう。先程までお前はうわ言を呟いていた。何の夢をみていた」


うわ言という言葉がディアリスの頭に響き渡った。先程最愛の人と交わしていた言葉や、川に落ちた時に背中に感じた衝撃や体を圧する水の音が鮮明に思い出された。まだ幻は天蓋にはりついている。瓦礫は枕元に堆積しているが、アーデルハイトは気がついていないのだ。


「有産階級がなんだと、随分と」

『私はなんて言っていた。教えてくれ』

気圧されて彼は思わずつぶやいた「……罰、と」

『罰…! 罰と言ったか…!!』

「何をそんなに……興奮している」

当然だ。罰と言ったのは彼女だ。


『教えよう。私は依存から脱却する者が好きだ』


顔を覗き込んでいたアーデルハイトがたまらず後ずさった。「何を言っている?」


『権力、富、理力に依存している者。今の時代の有産階級といえば我々教会の者がそうだな、()()()()。寄付という名目で市民から財を搾り取り、自分の金は一枚も出すつもりはない者の集まりだ。他人の事は守らないのに、自分の事に関しては防衛意識が高い。同じ国にいると思うと吐き気がするだろう』

「高位職にある自分は当てはまらないというのか

『君が私財を投じて施療院を建てていることは知っている。私もそうだ。空腹を感じない程度に食糧があればそれでいい。だが私達のような無欲を体現する者の方が悪魔に捕まるのが早いという事もわかっているだろう。ある男が死んだ。自分よりも誰かを救うことを優先するような男だった。毎日誰かを助け、疲労困憊し、倒れた。道半ばではあったが幸福な死に顔だったという。だが彼に救われたがっていた困窮者はまだまだ多く存在し、中には助けが足りないと憤った者もいた。墓地に入り込み、死んだ男の髪を握り、生え際からむしり取って罵倒した。死人になら強く当たり散らすことができたと彼らは死ぬ間際に白状していたよ』

「……殺したのか」

『私ではない。献花にきた者が愛する者の尊厳を守ったのだ』

「……貧しさは心も侵すものだ」

『君がそれを言ってはならない。私はうんざりしている。欲深い者も、自分を大事にしない者も憎い』


ディアリスは天蓋を仰いで、それから細く息を吐きだした。弛緩した体は柔らかい寝台に沈み込む。

アーデルハイトは黙り込んだ。そうしている間に顔面の筋肉を動かす。頬を上げたり、眉を上下させても肌は引き攣らず、多少乾いた目も問題はない。足を少し動かすと心地よい敷布をこするだけで、末端まで感覚があった。唯一腕部だけがひんやりと感じる。また首を伸ばして動かない腕の方を見れば、塗布薬を浸潤させた布を巻きつけられていることがわかった。断面は赤々と腫れあがっているのだろう。出血をせぬように縛り付けられた帯が縛り首になった罪人の首をしめるようにきつく食い込んでいる。


『いい匂いだ』






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