353 肉料理:----・------(145)
「そうだね。私達の主義信条は千年以上変わっていない。少し騒いでしまったようですまない。浮かれているんだ。物事は説明しすぎてはいけないとわかっているが、語りすぎてしまったね……君は森の奥の、急に開けた空地で陽の光を浴びて、花群れの中に座っているだけでいいのに。幻想に包まれて……綺麗なままでいて欲しい」
「……私が女だから喋りすぎてはいけないというのでしょう…」
「あぁ、リリィ……そんな風に型に嵌めて物事を考えろと言ったのは誰だろう。ロラインの領主、それとも君を溺愛していた兄かな。特別目を掛けていた護衛かも知れないね。それは悪い考え方だよ。性、いわゆる肉体的な差異を正しく理解し、活動域を区別することは大切なことだが、自分の感覚を貶めてはいけないよ。感覚をもっと広げるんだ。そうすれば境目がなくなって全体の成り行きを見通すことができる。そうした大局的な見地を多くの者は持とうともせず死んでいく。いや、無能を責めてはいけないね。知能を鍛えるにも時間とある程度の柔軟さが必要だ。とにかく女だからなんて君が口にしてはいけない。貧窮に苦しむ人々の前では雌雄は関係がないだろう? 君は分け隔てなく手を差し伸べるはずだ。私だって同じだよ。性別も種族も拘わりなく、万人を分け隔てなく見下している」
彼女は絶句していた。宝石のような瞳の中に光がくるくると回転している。そのまま酩酊して悪いものがすべて抜け切れれば、新しい物を注いでやるというのに。
「君だけは例外だ。そうして沈黙して何も考えなくていいんだ。君に損害を与えるものは私がすべて殺すから。愛しているよ」
「……そんな……そんなものが愛の詩句であると思って…?」
「私の愛は私が決めるものだよ。君の愛に特別な形があるようにね。それとも上辺の優しさがお好みかな。他の男の言葉を望むか。驚いたな、君が優劣をつけるとは思わなかった」
「つけているのは貴方でしょう……」
「ふはっ」
空気が割れたような笑い声が響いた。自分の笑い方ではない男の声はまだ聴き馴染みがなかった。
「的確な指摘だ。面白い。さぁ、私を惑わそうとしているなら確かに目的は果たされた。面白かったよ。でも君は嘘がつけないから、小賢しい真似事は似合わないとわかっただろう。次は別のことを話そう。成就するような話題がいい」
「…………面白かった……ですって?」
「とても」
「……どこが……面白かったというの」
「うん? あぁ、言葉にして欲しいのかな?」
「……えぇ、して欲しいわ」
言ってからリリィは下唇を噛んだ。とても真剣な顔をして、私の言葉を待ちこがれている。「いいよ」と指の背を頬に滑らせると、動きに合わせて清らな光が掬い上げられた。光は指先に吸いこまれ、私の一部となる。惜しい事にこれっぽっちの光量では彼女を感じることはできない。
これまで耐えるほかなかった苦痛の日々は、こうしたなんでもない会話をするために在ったのだと思える。話の内容など心底どうでもよかった。彼女を仔細に考えれば、不完全であり、思考も本来のものではない。完全な彼女であれば私を糾弾しようとは思わないのだから、やはりまだ忍耐の道の半ばといったところだ。
(けれど……こうして逢えたなら……それでいい。君だけはいてくれるなら……)
私の生涯に掛け替えのない人にたとえ悲哀の視線を向けられようとも構わない。
「君は永遠の時を生きている。誰の器も必要とせず、それどころか魂を分けて旅立たせてもなお、君は君として存在している。やはり君は特別なんだろう。多くの者に愛され、暖かな愛情をからだいっぱいに抱いている。かたや、私は器を有すれば永遠だが、転じなければ牢獄のような海を彷徨うだけだなのだ。海には何もなく、終わりもない。漂うつらさは………乞われても言葉にはしたくない」
私はここで無意識に険しい顔をしていた顔に、笑顔に張りつけ直した。
「こうして君を見つけることができたのは、数多の器に乗り換え、挫折せずに追い求めてきたからだ。いわば私の比類ない胆力のおかげというわけだ。だが、ようやく巡り合えた君は眠りにつき、器たちに魂を分け与えていた。本当の君にはまだ再会できていないというわけだ。だから私は奮闘し続けている……もしかしたら私を狂人の様に捉えているのかも知れないが、記憶は曖昧になっているのだから仕方のないことだとわかっているよ。分け身をつくった君を責めはしない。何故ならこの苦労はいつか必ず報われるとわかっているからだよ。私は君を助けたい。君が誰かを助けなければ生きていけないのと同じように私には君が必要だからだ。でも、今日君はなんと言ったかな」
こう言うとリリィの肩が跳ねた。目は合ったまま凍り付き、しゃがれた息がほんのり吐きだされる。私は吐息を吸いこみ、笑みを深める。
「私に転生をやめろと平然と言ったね。私は最愛の人に死ねと言われてしまった。君に、死ねと、言われてしまったんだ」




