342 肉料理:----・------(134)
女は腕を曲げて必死に純潔を守ろうとした。肌はどこも力が掛かり、乳房を握りこんでも靭帯と脂肪の塊としか感じることができない。だが柔さの残る先端の掛かりを撫で回すと腰がじりじりと反っては弛緩することを繰り返した。
快感に準ずる衝動は制御することが難しいものだ。指を引き止めるようにかたくなった実をいじると、彼女は痛ましいほどに動揺して鳴き声をあげた。あぁ可哀想にと吐息をふりかけてやると、均衡のとれた唇から赤い舌がまろびでる。まるで私に見せつけるように。
強張った体は息継ぎをするように何度も硬直と弛緩を行き来し、しだいに乳房はとろけそうなほどの柔さで手のひらに包まれる。五指を食いこませると、まだ威厳を手放そうとしない女は衣服の上から必死に手首をつかんだ。あまりの健気さに動きを止めてやったが、もう一方の手で縦横に愛撫していく。背骨をなぞり、くびれを撫で、下腹を軽く押し、そのまま真下へと。
乱れ髪の奥、耳の中を舌でくすぐっていると鈍い音がした。みると、体を小刻みに震わせながら女は腕を前に伸ばしている。男は無情の者ではない。愛しいものの腕に真っ赤な痣ができているのをみると、迷う腕を手に取り、愛撫からは距離をとった態度をみせた。
快感を相殺しようと小宮殿の硬い背もたれに前腕を叩きつけたようだが、私としてはそのようなことでしか人の態度を咎められないことに胸の高まりを感じずにはいられなかった。高笑いをしそうになるのをおさえ、ふっと微笑んで涙を舐めとる。彼女は舌から逃れようと柔らかい体を一方によじり、拒まれ、また他方によじった。必然、背面と腹を接している私達は体を擦り合わせることになる。他者を傷つけられず、己を痛めつけることしかできない不憫な女は、継続を意図していないにも関わらず腕の中に留まり続ける。体はどこかしこも淡赤く染まり、引き裂かれた思考を一つにまとめることができない。そんな女が憐れでたまらなく愛おしい。
「……名器と呼ばれるものが嫌いだと……話したことを覚えているかな」
治癒術の光が痣を覆う。さめざめとした泣き声が、空しさに由来しているか、それとも腕の痛みに由来しているかは彼女だけが知っている。
貝の如く合わさる唇は拒絶以外訴えることがないのだから、全身を愛撫され、一切をそそぎこむように耳朶を噛んで、うなじを吸いあげても、耐え切れる程度の心積もりなのだろう。元より彼女の生涯には愛と名が付いたものが絡みついて離れない。それは宿命と呼ばれるものだ。今も、まるで損害がふりかかってくるとでもいうように気弱な声をあげながら同時に歯を食いしばっているが、空を切る手はいつのまにか男の衣を引き寄せ、なまめかしい姿態を横たえる椅子にしようと甘い息を吐くのだから、ときおり毀れる快い拒絶感に何ら拘束力はなかった。
女の心情はむらが多い。頭を振って、心を離そうというそぶりを見せても、強く掴み、もはや他の事は考えることはできないと伝えてくる。決して他人に干渉せず、己の主権さえ放棄しているのだ。
それは男に対する最も賢明な態度だ。だがどうしても憎く思えてしまうことでもある。相手が私でなくとも肉を拡げ、この薄い体に名を刻み付けることを許すというのだ。日夜、手元に置いて夢中で耽ったこのやわい体を、味う男達の顔を思い浮かべる。どこかから花の匂いが漂い、女の最奥に吸いこまれていった。どのような花も彼女のなかに流れゆく美のまえに従属している証拠だと、私以外に誰が気づくというのだろう。移り行く花の趣を眺めるとき、花の表情の中にけっして手の届くことのない不易の美貌が包まれている。
男はただ女を懸命に抱きしめた。体の熱を、輪郭を、髪の一本までも自分のものだと納得できるまでずっと…
「……無から有を生み出すということは表現者の時間をその場に留めて置くことだと私は思っている。例えば庭に鎮座する彫像には彫刻家の痕跡がなにひとつないだろう。ノミの一突き、木槌の叩く乾いた音、彫刀によって節の曲がった手。一塊の大理石を削り、除去することで創出されるかたちだけが存在し、塊を想像することはできない。表現者が長い時をかけ燃焼させた命が像の中に封じ込められているかといえば、そうではない……野川にうつる青空をみるように冷たく、うつろだ。彫像だけではない。この世で美術品とされるものをみると、いずれも物寂びた、熱のない静寂があるだろう。表現者が費やした時間と気力がこれっぽっちも残されていない、人は抜け殻を有難がって眺めているんだ。それがとても気に入らない、とてもね。そのくせ、一点ものであるからとか、小さくて精巧であるからというだけの理由で部屋の一角に鎮座する。魂を養ってくれるような美は完成したその瞬間に失われているのに、意味もなくありがたがるもの達を見ると理解に苦しむ………」




