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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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338 肉料理:----・------(130)

「……少なくともこの千年で壁を築いたわ。貴方の記憶や、ロラインでの日々が私を支えてくれていた」

――邸での日々は筆舌に尽くしがたい。風景の美しさ、植物の豊かさ、湖の近くの小さな町からすればロラインの邸宅とそこに暮らす人々は心臓だった。おまえは女王のように育てられ、幼少から誘惑者の資格を有していた。父や兄の甘い愛撫に煮立った頭のなかで、こう考えていた。死と破壊によって塗りたくられた愛が、こんなにも神聖で美しいものだったか、と。ひび割れに染み込む新しい快楽を知った

「……それも打ち砕かれてしまった。父も兄も、独占を守り、保持するための暴力によって。でもそれは」

――広範な自責は止せ。彼らはよろずの悪魔に前髪を掴まれたとて、地上に引きずり降ろして公然たる闘争を仕掛けるだろう。高潔で堕落を知らぬ魂だ。おまえが彼らを愛してやまなかったように、彼らも魂を賭しておまえを愛した。今宵、苦しみに報いがあった。愛の証明を見ただろう

「報い…? そんなものではないわ……」

――おまえは自分自身の力を過信するあまり、責任を抱えすぎている。物事にはありとあらゆる組み合わせがあり、どうとでも弄ばれる。どうとでも弄ばれるものなのだ

「いいえ。幸せはもっと世界をひっくり返してしまうものよ。シルヴェーヌ、私は譲らないわ。私の責任についても論じるつもりはない。あらゆる罪過の根幹に私がいる。結論は変わらない」

――……おまえが自らを解放する時を待とう。だが、器はあの男の手に在る。おまえの伴侶として相応しい地位につき、社会問題にも立ち向かい、最高権威者として外的な目的を達成した男は宗教と政治に最後の打撃を食らわせることを選んだ。器はいまだ目覚めきらぬ花だ。我等の大輪に比べればあれは野生に化した一輪の花だろう。全てが揃う時、花群れはこの世の趣をすべて花弁の内に含む。同時に地の上におまえ以外の人影はなくなるだろう……滅亡を望む男がいる限り。あれはまた次の器に転じた……

「あの人の願いは時宜に適さない……必ず否定されなければならない」

――おまえは余に好きにしてよいと言ったが、やはり心の底ではそうは思っておらんのだな。安心したぞ、まだ抗う気があるのだな

「シルヴェーヌ……彼を」


愛するべきではなかったと、頭で浮かぶものの声にはならない。激しい何がしかによって妨げられている。

肯定すれば自分の疑いようのない愚かさを認めることになると、怖れているのだろうか。


眼下の光のすべてに人の営みがあり、そのすべてが取り戻せない昔様を思い出させた。湿った風が薄闇を散歩し、都市の方へ流れたと思えば、それから急に戻ってきて遊んでと乞い始めていた。背中に垂れた髪は水に掻い潜るように揺らめき、月光を浴びた光沢が靡いている。何もかも、もつれた舌を慰めることはできない。


――運命であったか


その声は高くあるいは低く、絶妙な響きをもって心に接岸した。


――……人は所詮死ぬ。いつか死ぬるものを今殺したとして、あやつは何も思わんだろう。あれは……おまえだけに執着を向けている。醜く、浅ましく、同時に嫉妬を覚える。あれほど一途な男は知らん……おまえはどうだ……運命と今でも思うか


私は時間をかけて答えた。


「……今するべき話ではないわ」

――時は瞼の裏に無限に流れている

「……それでも」


小宮殿で耳を傾けている"私"が身じろいでいる。情感を集めた指先は見る限り、所在不明にわなないている。手の甲のなかばを翳らせて、拒絶したがっているのは明らかだった。私は答えたくなかった。


――リリィ、我が最愛よ。余が知りたいのは"愛している"という無味乾燥な言葉ではない。共に暮らし、あらゆる困窮に心を砕き、手を差し伸べて生きた男のことをどう思っているかだ。おまえはよく単調でくだらないものの為に対決し、それらによって孤立して、何もかも失うことを繰り返していた。万事がそうであった。ある日は貧民街のため、次の日は労働者のため、また別の困窮者のため。おまえは自然死するより誰かの代わりに縛り首になる方を選びたがる不憫な生き方をしていたな。不死を拒絶する想いが、そうした破滅を呼び寄せていたと今ならばわかるだろう。愚かな自己犠牲さえ誇りとして甘受するおまえは、ある男の愛の表明にも酷く反発し、受け入れようとしなかった。彼は社会をよくしようと試みたり、主義的目的を達成しようという気概もない無責任な男だった。最初は軽蔑していたが、彼の生き方が羨ましくもあった。己の為に生き、己の為に死ぬ。それは決してできないことだった。彼の体制内での立ち位置は、逼迫する環境の根本的改善のために戦うおまえを必然的に裏切っていた。権力機関とは一線を画している風体を装い、おまえに近づき、怠惰に笑う。しかし結局聖女を利用し、恩恵を独占しようとする一派の狗とわかり、胸を叩き、頬を張り、裏切り者と罵った。男はさらに裏切りを果たすが、おまえのことも何度でも裏切った






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