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33 青の合流と、


坑道に潜る者達が、【入坑者一覧表】の前に集っていた。今朝坑道入口をくぐった時は、こんな日になるとは誰も思っていなかった。緊張が空気を重くしていたが、みな一様に覚悟は終えている。


一覧表に吊下げられている木札には、掘子の名前が刻まれている。坑道の行き来をする際には必ず木札を引っ繰り返して、所在を明確にしておく決まりがあった。灰桜の班員たちは自分の木札を引き抜き、坑道地図の上に置いた。現場指揮を執るボイエスとボイルに思い思いに拳をつき合せていく。最後にトトと刻まれた札が投げ置かれた。男は二人を連れ戻すまで坑道から出ないと腹を決めていた。


救出部隊に名乗りをあげた灰桜の男たちと青嵐のトトは、体に巻き付けた荷物の帯の具合をもう一度確かめた。防塵用の呼吸器、応急治療の道具、採掘の道具、そして倉庫から引っ張り出してきた鉱石道具の数々が詰め込まれている。

照明の石、体温調整の石、治癒の石、水が貯蔵されている石もある。効果は永続ではないし、発動者の理力量によって引き出すことのできる効果の幅が決まる。だからレヴとレイクが生まれながらに持つ理力量の範囲でしか、効果を得ることができない。だが、それでも。どんなものでも構わない。もしも大量の瓦礫を粉砕することが難しくとも、これらの石を投げこむ隙間さえ作ることができれば、暗闇の中にいる家族を生かすことができる。


こういった鉱石道具を無償で提供してくれたのは首都アクエレイルの研究所だった。正式名称など覚えていない。それどころか、希少で高価な物を与えられ、その気前の良さを信じられず不良品の廃棄場所にされたと思っていた程だった。倉庫に押し込んで埃を被っていたが、先程灰桜のエドがやった起動実験は成功をおさめた。地図の端が濡れているのはそのせいだ。


理力の縁の遠い鉱夫たちは、「普段からこれ使えねえのか」「この石がありゃ下でも水浴びできていいじゃねえか」と、ぼやいた。しかし言葉は続かず、失言だったと肩を落とした。そんな沈痛の中で「……研究所さんに足を向けて寝られねえな」と硬い顔をしていたボイルが笑った。口の片側を吊り上げた下手くそな笑顔だったが、日頃精神的支柱となっている男が笑った事で鉱夫たちも気がほぐれた。

大丈夫だ。行ける。助けられる。家族は欠けねえ。一人たりとも―――。自然と掛け声があがった。ボイエスはひとつ腹の底から息を吐き、号令を―――


「私も同行させてください」


――女の声が邪魔をする。


ボイエスは思いつく限りの罵声を浴びせようと振り返ったが、飲み込んだ。迷いのない立ち姿に覚えがあったからだ。

しっかりとした足取りで近づいてきた女は、体の線のわかる黒い上衣を着て、ひだ付きの下衣の裾は膝まである乗馬靴の中に収められている。華美な装飾は一切ないが、その相貌は磨かれた水晶を思わせた。


遅れて、教会の監督官であるコーンウェルが走ってくる。女が脱ぎ捨てた白衣を抱えているため、従者のように見えた。


「あんた……龍下さまと一緒だった学者先生か…」


女はボイエスを見上げ、「その節はありがとうございました」と微笑んだ。

鉱夫たちの間でも「龍下さまと一緒にいた…白服の?」とまばらに声があがった。記憶に新しいが、ほとんどが顔を知らない。


「大体の話はコーンウェルさんから窺っています。落盤した箇所はこちらですか?」


ボイエスや鉱夫たちからの物言いたげな視線を流し、女は坑道地図を覗きこむ。

ボイルに質問をし始めたので、ボイエスはコーンウェルの腕を引っ張って大きく鼻を鳴らした。


「教会はなんて。連絡したんだろう」

「領地から理術師を送っていただきました。金貨も物資も、援助を惜しまないと大主教様のお言葉です」

「術師はどのくらいで着く」

「二晩は」

シュナフスからの道程を考えればむしろ早い。だが遅い。

「駐在してる理術師はいないのですか」

女が口を挟んだ。

「いるが、大したことはできやしねえ。女たちに付かせてる。それにな、今回見てえな規模の落盤なんてどうにかできる理術師なんざこの国にいるわきゃ……!」


男の体が憤慨ごと浮き上がった。青筋を立てたままの体が、何か見えないものに包まれて持ち上げられている。服も、装備も、髪も、何もかも重さを感じず、突然己の体の主導権を奪われ、ボイエスの太腿には鳥肌が駆け抜けた。

空気を蹴り、空を掴もうとするが、上下が入れ替わるだけだった。苦みが喉をせり上がり、唇を噛んだ。鼻の奥に唾液がまわって吐き気がする。ボイルも、灰桜のやつらも、トトも、コーンウェルも、地図や机も、のきなみ空を泳がされていた。


ただ一人、唯一大地に立つ女。


慌てふためくトトの腰袋から鉱石が零れ落ちた。青白い石が回転しながら、女の周りを漂い始める。触れもしないのに、石はおのずから光はじめた。理術が発動しているのだ。男達が強く握りしめねば動かなかったそれが。

女の周りに文字が並び、回転をし始めた。それが理力の術式構造なのだと知らない男たちでも、神秘を前に言葉を失う。それは極致を前にした万人が共通して味わう驚倒だった。


女はまっすぐに顔を上げて、真剣な顔で男たちを見ていた。

自身をおとしめるものなど、この世に存在しないと全身で告げている。


「山を吹き飛ばし、川を曲げる事もできます。この身に宿る理力で成せないことを数えた方が早い。けれど、遠く形も見えない何かを呼び寄せたり、壊したり、そこにいる誰かを助けることはできません。私は貴方方を目で捉え、理力を知覚し、浮遊させているに過ぎないのです。理力を万能たらしめるには知識と計算が必要不可欠なのですよ」


線の細い女だった。買い物に行き、料金を払い、食事を作り、男よりもずっと安上がりな賃金で労働し、夫に従い、守られる。それが女だ。


けれどこの女の眼差しは、炎のように猛っている。


「私は龍下と私自身に忠誠を誓っています。私以上の理術師はこの国に存在しない」


地鳴りがした。ボイエスらは地上に下ろされる。今度こそ号令を掛けた。


「入坑を開始する! 相棒と絶対に離れるな! 必ず班長の指示通りに動いて、深追いをするな。相棒の命と自分の命を安売りするんじゃねえ!………あんたもだ、理術師さんよ」


リーリート・ロラインは「必ず連れ帰ります」そう明言し、次々と横を通り過ぎる男達のあとに続いた。






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