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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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321 肉料理:----・------(113)

『私は何も…!』していない――と言えたら良かった。言い終わらぬうちに大主教は顔を背け、苦悶してみせた。健気にも耐えうるように愁眉を寄せる。

わざとだ。この男は私が大主教を傷つけたという事実を全員に見せつけている。頭部から流れる銀髪が、襟の一点についた鮮血を撫でた。その姿さえ憎たらしくも様になる――――『大主教様!!』男達の殺気に満ちた視線が私を貫く。腹を括るほかない。私は大罪人に仕立て上げられたのだ。


けれど同胞達は奮い立っていた。大主教を害した私に憤慨するどころか、龍下の御身体までとって返して再度団結を深める。身を縮めているシュナフ領の侍女らに片手を向けて、近寄ればこの者どもの命はないと言い触らしている。五指から理力光がほとばしり、赤い陣が空中に浮かぶ。術式の構成要素からみれば、準備されているものはいうまでもない。無表情を支配する老躯と違い、同胞達はまだ勝つ心算でいた。浮かべた笑みが心の中の形を浮き彫りにしている。孤立、していると。


『それ以上来てみろ! 我らを妨げるなら、こちらとてやる事をやる』

『そなたらは何がしたいのだ、この方は治療にあたろうとしていたのだぞ!? 台を濡らす血を見よ! 滴り落ちる血を補っていた、でなければ生きるのに必要な血が不足するからだ! だというのに、それを…!!』

『お前たちこそ考えが浅い! 血を補うという禁忌を平然と口にして、それでは魂は穢されてしまう! 間違っているのはお前たちだ! 治療を任せられるわけがないだろう!!』

『なにを……それでは生かしたくないといっているのと同じではないか………なんという理屈を……本気で……?』

『知れたこと! 禁忌をおかす者すなわち背教者である! その者を捕えよ!』

『馬鹿なことを言うものではない! ちッ、大人しくならん覚えはないッ!』


怒りに対して正論がぶつけられる。正論に対して理不尽がぶつけられる。

そして―――歌が聴こえる。乱入してきた線の細い男に説得されて自害をやめた憐れな女が、憐れな放歌を聴かせている。教会で生きるものならば全員が諳んじたことのある歌は、勝者と敗者に降り注いだ。

この程度のものをシュナフは慰めに使おうというのだ。龍下を失うことを、大ざっぱに弔おうとしている。四角い箱の中央だけを見て四隅の空白など見てもいないという顔をしている。アクエレイルにとっては箱そのものが不安と悲しみで満ちているというのに。心は底無しの穴の中に落ちていくように、しぼみ、縮み上がり、どこまでも広がる闇の中で身を寄せ合って何とか互いを繋いでいる。シュナフの女達が放歌する嘲りの響きでは、箱を埋め尽くす闇を払う事などできない。私達は敗北の空気を押しつけられる。敗北を受け入れることを強いられ、ぼろぼろに崩れ去ることを期待されている。


『……ッ、ならばシュナフは下がれ! 大主教以外を部屋から押し出すのだ! 閣下は我々がお救いする!!』

『まだわからないのか! お前たちはどれほど滑稽な様を晒せば気が済む! 龍下を救いたいのだろう!? 私達には何も差異が無かろうに!』

『畜生め!』

『はッ、名乗ったか!』


龍下の御身体を死守すべく最後までもがいた同胞はマッケナに担ぎ飛ばされて、頭から床に叩きつけられた。マッケナは彼の首が折れてからようやく手を離した。引っくり返り、それでも伸ばそうと床を這う手を思い切り踏みつける。指から力が抜けるまで、お前達がそうさせているというように容赦なく踏みつけていく。『あ、あ…っ、……ああ…!!』私の口は嗚咽しか漏らすことができない。大主教の理術は唇さえも押さえつける。


靴底に張りついたまま持ち上がる指は、ひしゃげて、皮膚が袋のように破けている。


『あ、ああ! あ、ああ……』


彼の指は繊細に扱わないといけない。私の友は髭も剃らず、眼を離せば寝食も忘れて楽器を抱いて音色を奏でていた。

彼は教会に不釣り合いなのびやかな音を好んだ。乱れた髪と伸びた髭、痩せこけた頬の男が奏でるとは思えない明るく気品のある音を出すことを得意としていた。私はその音色が好きだった。その音は今も私の中に鳴っている。


獣の如く眼をぎらぎらとさせたマッケナが友の襟首を掴んで上肢を持ち上げる。折れた首を好む方向に倒し、仰け反った喉を掴むと耳元で何かを囁いている。唇はこう言っている。『我らの主を傷つけたのだ。この首がつながっていてよいと思うか』


『やめてください!!』


解呪がかなう。主導していた彼が死んだからか、頭の端で大主教の思考を読む。最早どうでもいい――――私は短剣を放りだして友に駆け寄った。マッケナが立ちはだかる構えを見せるが、『構うな』と、後ろから声が掛かる。無視して治癒術を詠唱する。






218-220

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