表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

317/443

317 肉料理:----・------(109)

私の沈黙に少しも脅かされず、どころか彼の堂々とした出で立ちは莫迦莫迦しい話に意味を持たせた。私達の会話は周囲に聴こえているが、そばだてる耳が在る事も断ち切っているようだった。

私の経験上、上位職にあるものは目覚めたその瞬間から分厚い仮面を被り、不用心な言葉ひとつ発することなく、聖人を装うことに長けている。理力量が多ければ誰でも出世するという、いかにもやっかみの品位なき声もあるが、概して知能水準が高い者だけが押し上げられていくものなのだ。教会の上位に低能の席などない。


『退室していく男達はすっかり大主教派に鞍替えしていた。人の話を遮り、自論を突き通す無法な振舞いはおさまり、領主への信奉が髪の根まで届いているようだった。先代は辟易として、眉間をほぐしながら煩わせてすまないと謝った。彼らの信奉が一時的なものであると理解されていた。私は面白いものが見れて嬉しかったが、さすがにそのまま伝えはしなかった。彼は本当にそうした"まやかし"を捨てられない者の相手ばかりして、弱り果てているようだったから慰めも同情も不適切だと思った。それから私も同じ立場になり、時々奉仕品の包みを開けるとおぞましい物が入っていたりする。そうすると腹の中で考えるのだ。先代と私とどちらが欲望の搾り汁をかけられているだろうかと』

(欲望の……)


咀嚼するには重すぎる言葉が胸を圧迫する。隠した短剣の柄に爪を押し当て、へこんだ革の痕を皮膚を擦りつけながら丹念に撫でた。


『……擁護する気はありません。貴方なら贈り主を処分する事もできたはず』

『なるほど、君は善良な教徒を罰してもいいというのか。果たして何の罪が妥当だろうな』

『この程度の会話で私の深浅を推し測ろうというのなら、解釈はお好きになさってください』

『実の所、奉仕品だけではないのだ。願い、祈り、欲望。それらが集約する場所にあれば、様々な物を見る。指を重ね、懇願する人の中には何一つうしろ暗いところがない者はいない。私も、龍下も、生を受けた全員が、永久に愚鈍で無学のまま生きて死ぬ。自分の願いだけは無条件で叶うように祈りながら』

『努力は口にしないものです。貴方を敬う人の顔を正面から覗いただけでは、涙の理由が分からないように。貴方もここに至る努力は言い表すことができないでしょう。貴方の言葉には攪乱が見え透いている』

『君のそうした資質を好ましく思う』

『資質ですって?』


この男は、他領にあっても、どんな状況でも構わず人を買い求めようというのか。驚きのあまりきつく見返していたが、大主教は平然と答えた。


『聞こえなかったか? 資質と言った。反発を見せながら、私を見定めようと言葉を尽くしている。君は対話により他者を理解する事で自分の属する領域と他者の領域の比較をおこなっている。集団を主導することもできるのに、輪から離れて汚れ役を買って出ている。同一性に身を置きながら、それを打破しようとする者を把握したがっている。どうしてか。君は常に自己の裏付けを必要としているからだ』


――息が詰まる。息を、吸わなければ。


『……見事な、妄想です。ですが、そう感じて下さるなら奸計に満ちた問答は控えてください』

『いいや、いいや、その反応は違う』片手を真横に払う仕草を横目に捉える。彼は悲しんでみせた。『気を悪くしないでくれ。私の指摘は君の行動を制限する為ではない。私は"神聖"と"攻撃"の話をしている。先代に魅了されて自論を曲げた二人の男は、室内に入ってきた時は自分の政治目標が妨害されている事や他者の暴言を浴びて、とても攻撃的になっていた。相手――他の派閥の代表や大主教を敵だと認知していたからこそ、攻撃的な欲求が抑えられなくなっていた。口論は揚げ足の取り合いとなり、大主教が修正しても直ぐに聞くに堪えないものとなった。けれど、大主教にも相手にも敵対の意思はなく、自分の認知が歪んでいた、または知識不足により曲解し、過剰に反応していた事がわかると、途端に落ち着きを取り戻し、今度は過剰に落ち込み始めた。些細な誤解が発端だったとわかってみれば、自分の小ささに苛まれる。そうして彼らは仲を取り持ってくれた一人の男に心酔するようになった。領主を祀り上げることはおかしなことではない。対立していた両者はようやく同一性を得て、益々健全に意見を戦わせていった事だろう。私は同席しながら、彼らの目の中に身勝手な信仰が生まれる瞬間を見た。考えれば、司祭より上位にあがらねば聖典の内容に触れることはできない。私達が規律として守っているものの多くは口伝や高札によって伝播している。龍下や大主教、司祭、そうしたひと握りの教職者に信仰の象徴を見出していくことは自然発生する信仰と言える。そして人の行動を理解する上で中心的な概念といえるだろう』






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ