314 肉料理:----・------(106)
理術によって封じられていた扉が一転、番が軋む程叩きつけられて開いた。廊下に集結していたアクエレイルの教職者達は赤の貴賓室に雪崩れ込む。
――『龍下!!』
意識不明となった龍下に代わり、方々へ指示を出していたホルミス大主教は龍下の治癒という重責をシュナフ大主教に割り当てた。何故アクエレイルの術者が任ぜられなかったのか、教職者一同でホルミス大主教に人員の変更を要求したが返ってきたのは冷淡な反応のみであった。
龍下の行いが人道にもとると糾弾し、己の道理を振りかざしていたヴァンダール大主教は片腕を失いながらも存命である。かたや、龍下は既に魂を天に還そうとしており、予断を許さない状況なのは誰の目にも明らかであった。
もしヴァンダール大主教のように憶測を逞しくするならば、龍下は公然と裁きを受けるべき大罪人なのだろう。しかしディアリス・ヴァンダールこそ過ちを犯した。
今まさに粗暴極まりない殺人が目の前で行われているといった緊急性が見当たらない限り、教職者を裁くには教会裁判を開き、法廷で告発者と被告として議論を戦わせるべきなのだ。それが法国家における論理的な帰結というものだ。
しかし彼はそうした裁判一般の手続きを無視し、短絡的な道を選択した。
思い返して欲しい。長きに亘った大会の終幕を祝う饗宴が催されていた。列席者たちは美しく着飾り、楽団は心を安らげるような音色を奏で、生花や飾り布が金細工で装飾された広間は星空よりも光り輝いていた。初めて龍下の御尊顔を拝する教徒や、多額の寄進と献身に感謝の気持ちを伝える教職者達、そして胸襟を開く市民の声に耳を傾ける龍下や大主教、あちらこちらで笑顔が咲く。宴の主演は彼らだけではない。長期間に及んだ大会を運営し、滞りなく終幕まで導いた文官達、遠方から来た様々な領地の教職者たちをもてなした市民、今まさに回廊を何度も往来して裏方に徹する従僕など、様々な関係者達の奉仕と連携の艶糸は今日という日に繋がっている。
ヴァンダール大主教が龍下を憎らしく思い、少女の所有権を自分あるいは国民に取り戻したかったとしても、参列している無辜の人々を巻き込む必要は一切なかった。彼らを理術によって傷つけ、徹底的に論証するまで白日の下にさらすべきではない倫理問題を公衆の面前で主張し、龍下の地位や名誉を貶めようとした。あまつさえ龍下が保護していた少女を無断で連れ出し、自らの手で命を奪ってみせた。龍下は少女の身の内に内包されている膨大な理力を独占しており、国民に恩恵を付与する気がないのだと責めたてていたが、さほどの問題とも思えない。選ばれし者の手に必然と天恵が巡って何の不都合があるというのだ。
それよりも罪を指摘する事により龍下と国民の心を引き離そうとしたディアリス・ヴァンダールの卑劣な魂胆の方がより軽蔑に値する。これは我々アクエレイル教職者一同の総意である。
ディアリス・ヴァンダールの糾弾には龍下を教会の統制外へ追放しようという意図が感じられた。理由はわからないが、彼は裁判を避けようとしたのだ。
何故ならば彼は授権されている教職者であり、一領地を担うという圧倒的な地位にあり、法や手続きを無視せず裁判制度を利用すれば、龍下の罪を規定することが可能だったからだ。理術も、少女の死も、破壊も悲鳴も何も必要ではなかった。
しかし彼は場を整える事をせずに事に及んだ。何が何でも今宵決着をつけねばならなかったと見るべきであろう。今日という日に固執し、少なくとも歴史上最高峰の術者と対峙し、反撃を受けて身体を欠損する危険も考慮しながら、告発を断行した。
―――それは何故か?
(龍下と少女、四人の大主教、全員が揃う機会を狙っていたということだ)
龍下はその身を犠牲にして、国民や他の大主教たちを守った。曲解しようもない事実である。
我々アクエレイルの教職者とて無知で妄信の塊というわけではない。罪を犯した者は罰を受ける。例え龍下でさえ、磔刑と言い渡されれば覆しようがない事なのだ。我々は血涙を流しながら後を追い、共に罪を背負うだろう。けれど、ヴァンダールが申し立ての最中に理術を用いて龍下や無害の民に危害を加えた時点で、彼の発言価値は失われ、ただの暴虐と成り下がった。龍下を異端の廉で告発しながら、立証をしようともせずに勝手に捲し立て、己の手で罰を甘受させようと理術を発動させる。
彼は彼自身の愚行によって審理無効を招いた。




