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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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310 肉料理:----・------(102)

リップが体を一歩近づけたのでシュナフはさらに詳しく今後を検証をしようとしていた思考を止め、言葉を反芻した。不可思議な物言いに、ともかく話を聞いてやろうと傾聴する姿勢を整える。


「私の生まれた村では、人が亡くなると見送りまでの時間で故人の思い出を語りあいます。宴をしながら大笑いして、大泣きして、飲んで食べて。とにかく明るく送り出します。たまに喧嘩になることもあるんですが、火を入れる時には心が晴れているんです……」

「思い出を語らう、か」―――断る理由を探す。共有したくはないという明確な忌避があった。コーンウェル・デムランを相手にしていた時と、彼女達とでは記憶の階層が異なる。けれど彼女達は頷きを伝播し合い、まず自分達からですねと口火を切る。声色は張りが戻り、胸のつかえを吐きだすような勢いがあった。


「デクラン様のお話は本当にどれも楽しくて、強烈に覚えていることがたくさんあります。でも一番は"燃焼実験"のことです」


エトマンがリップの腕に寄り添い、同じだよと笑った。術着をかぶり、険しい顔をしている時とは違い、二人は相応に若く見えた。シュナフの目にはまだ子供に見えるくらいには年齢は離れている。


「中庭に木の枝葉、廃材、麦藁、乾草の束、煉瓦、土壁の一部を並べて一斉に火を点けて、燃焼速度の違いを調べたんです。前日に火災があったんですが、壁の材質によって燃焼が抑えられた場所があって、みんなは祈りが届いたのだと……でも誰かがふと疑問に思って。それで色んな物を燃やして、組み合わせを変えたり、それで最終的にかまどが出来て、芋を焼いて食べました。生きてきた中で一番美味しくて、面白かった瞬間でした。きっとおばあちゃんになっても覚えていると思います」

「……それは、報告を受けてな……中庭? いや、そうか、そんな事をしたのか……」

――報告があっても困る。

「私はシュナフスの都市形成について教えて頂いたことがあります。炭鉱街になる前、とても昔に避難砦があった場所を石造りの街に仕立て上げたのがシュナフスの始まりだと聞きました。初めて大規模な城壁増強に踏み切ったときの城主様と、攻め入ってくる宿敵のお話は子供に戻ったみたいに釘付けになりました。先生はお話がとても上手で、城壁での決闘が頭の中に鮮明に浮かんで、寝付けなかったんです。そしたら次の日食堂でみんなその話ばかりして、本当に楽しかった」


たとえば血刀をさげる稀代の美貌をもったパーシアス族、柱の心棒に殺したシュバ族の血を注いで生贄とする場面、死者の魂が水を雨に変えると信じられていた頃の話、色とりどりの布で魂を捕まえる方法。デクランは絵巻物を広げるように流暢に語ったようだ。やれ、神話。やれ、風俗。多種多様な巻物を心に収めているデクランは、教え子たちの前では良き師であり、良き父であり兄であったのかも知れない。


「シュナフス道路管理官のお話は特に興味深くて、そんな職位があることを初めて知りました。街は作られたものだと頭ではわかっているんですが、シュナフスはあまりにも入り組んでいて美しいので神様が御造りになったものだと思っていたのです……あとは屑屋が収集する廃棄物の分類であるとか、入浴と衛生の関係についても面白いものがたくさんあります」


シュナフは瞬くばかりだった。彼女たちは記憶の落ち葉を探り、金や銀の美しい輝きに目を細めている。多くが女子供に聞かせるような話ではなかったが、そのような小難しい話を楽しい記憶として大事に抱えていることは異様だった。


「私はヴァンダールの海上交易の利益循環の仕組みを教えてもらいました。疫病災禍がシュナフスでも起こった場合に蔓延しないようにどんな事をしたらいいかとか、役立ちそうな物を身近から探す術であるとか、医術の話もですが、他の分野についてもたくさんのお話を聞かせてくださいました。デクラン様は私達の宿舎を訪ねて下さって、お忙しいのに質問する時間をよく作ってくれたのです」

「……都市形成や貿易の話などつまらなくはなかったか?」

「いいえ。可笑しいことだとはわかっています。教会では物事の仕組みであるとか構造ですとか、入り込んだことは教わりません。代わりに料理であるとか磨き物であるとか女仕事を教わります。裁縫もできない子はまともに暮らしていけませんから、技術を授けてくれる教会には感謝しかありません。勿論男の方の領域に入る必要もない事は重々承知しています。でも、汚水を流す真っ暗な側溝がどこへつながっているか、食べ物はどこから来るのか、値段がいつも一緒じゃないのはどうしてか、疑問に思うことはあります。デクラン様はそういった話に耳を傾けてくださった唯一の方でした。私達にも"質問をしていい"、と言ってくださった」

「……そうか。医術以前の教養を教わったのか」

「はい! 大主教様のお話もよくしてくださいました。あ、あの、勿論尊敬していらっしゃるとかそういったお話です!」

「あの……大主教様は、デクラン様との思い出の中で、何かとびきり楽しく感じられたことはありましたか?」






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