306 肉料理:----・------(98)
「………まさか"手術"が?」
目を細くしてシュナフは笑った。話の内容に合わず、穏やかにくすりと笑うと花のごとき風流さを垣間見せる。あぁ、デクランの兄だなと思うと、どこかで『そうだよ』と寝惚けた声が言う。今更こうして顔を合わせることになるとは皮肉なものだよ、デクラン。見ててくれているだろうか。
「そうだ、ホルミスが受血を指示した事までは読めなかったのだろう。私とホルミスによって石が取り除かれる可能性が出て、結果としてそうなった。おそらくグレゴリーが石を回収し、その手でとどめをさしたのも、ここで確実に殺さねばならず、石を回収する必要があったからなのだろう。情報の媒体として石から辿れるものが何かあると読んでいる」
「ならばどうしてこれだけ残していったのですか」
「デクランを確実に殺したかったのだろう。だから簡単には引き抜けない物を使った。デクランは医術研究になくてはならない存在だ。私が辞任に追い込まれてもデクランがいればどうとでもなった。死の名において彼を簒奪することの意味がそれだけだったのかはわからない。彼を失った事はシュナフ領にとって極大の打撃となる、個人的な恨みかも知れん。それを今知ることはできない」
「……ヴァンダールの手の者でしょうか」
「……わからない。私はその推察を否定も肯定もできない。だからこれを持って直ぐにヴァンダールを出てほしい。数名警護に付ける」
「たかが理力欠乏の監査官に何をお求めですか。もっと別の相応しい方が持つべきです」
「誰だというのだ。私はわからない。もう誰が味方で敵かわからないのだ。ここにいる誰も信じられなったのだ。だがお前は違う。デクランはお前を唯一無二の友だと言っていた。私はお前を詳しくは知らないが、デクランの事ならば信じている。あれが信じたお前を信じることはおかしな事ではない。私の職位剥奪は確定しているが、次の大主教が鉱石研究を援助してくれるかはわからない。シュナフスへの風当たりは厳しくなるだろう」
「ロライン領へ行けというのですね」
「……お前ほどの者を監査部に置いていたのは惜しい」
鼻で笑って返す。シュナフは声を低くして続ける。
「大主教には話を通す。通すが、あの男もまた敏い。私には思いつかない手立てで援助してくれるだろう。あの地には鉱石研究をしている者がいる。そこで、これを打ち破る術、あらゆる用い方に通じてくれ。学者に手渡しても、決して奪われるな。決して投げ出すな。この石はこの世に多くあるのかもよくわからぬ」
「……シュナフスには」
「戻らぬつもりで行け」
故郷に戻れぬと云われたところで顔を覆って泣きだすことはない。ないと思っていたが、悲しみに総崩れになった体はじっと息を殺してデクランを求めていた。シュナフスに戻らないということは、デクランとの思い出とも別れることを意味する。共に眠り、話し、弱音を聞いたあの部屋には自分の生涯すべてを凝縮したものが詰まっている。後方への視線に気づいて、シュナフは無聊を慰めるべく体を斜めにして道を開いた。
「しばらく二人にしよう。すまないが、全員を退出させることはできない」
「……感謝致します。閣下、お願いがございます」
少し離れたところでデクランは眠っている。傷も癒され、血も粗方ぬぐい取られ、その顔に刷り込まれていた苦しみは微笑に変化していた。だが息をしていない。肉体は元通りになっても、そこに在るのは遺骸なのだ。誇張でもなんでもなく、ただのデクランであったものなのだ。身体的機能が停止する前、音楽を指揮するように指示を飛ばし、例にもれずマッケナ家伝統の運搬方式で床を擦りながら移動した。いうまでもなく、最後の別れも言えていない。
「……役目を引き受けます。けれど、貴方様も必ず職位を全うすると約束してください。市民のために大主教で在り続けてください。最後の最後まで逃げる以外の責任の取り方をして下さるのなら、私も故郷を棄てます。それが条件です」
「わかった」
「は?」
燃やした執念に対し、回答をひらめかせるのは速かった。
コーンウェルは自身のすべてを賭けてシュナフを審判しているつもりでいたが、逆に審判を受けていたことに気づいた。この男は最初から牢に入る気など無いのだ。悲しみをぶつけられようとも、背筋をまっすぐ伸ばし、責務を全うしようとしている。(謀られた!)どうして惑わされてしまったのだろう? すべて演技か――――大主教にみせては不敬となるような渾身の不機嫌な顔を浮かべると、そうなる事を予見していたシュナフは家族を胸にかき抱くような優しい笑みを浮かべて、肩を丸めて笑った。青空のような屈託のない笑い方だった。
「その言葉が聞きたかった」
「人が悪い、本当に。最悪だ」
「言っただろう。誰を信じていいかわからないと」




