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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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284 肉料理:----・------(76)

筆頭文官デクラン・マッケナという男は政治顧問を担うマッケナ家の嫡男だが、理術適性がなく、幼少期から親族の爪はじきにあっていた。本人は蔑みなど瞑目して閉めだし、家長からの命令も無視して一番気楽だという理由で文官の職に就いた。マッケナ家は優秀な理術師の家系であり、文官という肩書は弱くうつった。確かに決して日の当たる職ではないが、この男が市政の舵取りをし、柔和な人柄と知能で複数の男女をさんざんに篭絡していることは知られていない。"親しい友人"と頭に思い浮かべたとき、果たして中枢議会の何人がこの男のことを思い浮かべるだろうか。考えるのも怖いくらいだ。


若者たちの視線が集まったのを確認し、デクランはゆっくりと口を開いた。まるで愛しい者からの手紙を読み上げるような声だった。新しい革手袋を差し出した侍女に礼を言って、手元はまた忙しなく動き出す。シュナフが手を払うと、働き手たちも元の作業に戻るが、顔色は先程よりも明らかに良くなっていた。


大会期間中、デクランが毎朝出掛けていたことは本人から知らされていたシュナフだったが、毎晩の申し送りの際には「まだ秘密です」と片目を瞑って濁されていた。鼻で笑った記憶も新しいが、縫合のかたわら耳を傾けていると、段々と眉間に皺が寄っていくことになった。


まずデクランは岸壁や護岸などの足場を固めた港以外の、自然のままに残る浜はないかと宿舎の衛兵に尋ねた。すると比較的安全な場所に白砂の入り江があると教えてもらい、すぐに外出届けをヴァンダールとシュナフに提出した。衛兵の話では早朝であれば浅い海底に住んでいる貝が顔を出すから、その浜は学者が調査に行くこともあるというのだ。学者には特別親近感を持っているデクランである。


外出届けを提出するついでに今度は正門の衛兵に学者の事を尋ねると、その学者が使っていた踏み鋤(ふみすき)が倉庫にあるから貸してやろうと言うのだ。それだけでなく「シュナフのお方、傭兵はご入用ですか?」「道案内は」「地図を描きましょうか」「食事と水を持っていった方がいいですよ、こちらで用意しましょうか?」と色々と世話を焼いてくれる。


デクランは衛兵たちに囲まれながら、鞄の奥から丸めてぐちゃぐちゃになった羊皮紙を引っ張り出した。開くと裏地にしなやかな文体で書かれた小難しい条例文と、それに被さるように「シュナフさまのばかばかばか!」と走り書きされているのを見てさすがの衛兵もぎょっとする。(シュナフはこれをデクランが頬を膨らませて書く横顔を見ていた)しかし彼は構わず鎮座する理力石を適当に摘まんで衛兵に手渡していった。

良い話を聞かせてくれたお礼というには高価なものだが、理術に馴染みのない衛兵は高級ということはわかるものの、"特級品"であることまではわからなかった。家が買える。デクランも特に気にしておらず、荷物が軽くなったと内心喜んだのだろう。顔が思い浮かんだ。

そして同時にシュナフは頭を痛めた。デクランの理力石は、マッケナ家から"理力なしの息子に贈った"ものだ。毎節贈られて持て余しているという話を聞いたことがあるが、まさか鉱山街でも早々出回らない石を躊躇いもなく手放すとは、彼の家に少し同情してしまう。


デクランは普通に話しているが、扱われ方が普通ではなかった。この男の、他人の懐への入りやすさは常人とは性質が異なる。


話はまだ続く。情報を集め、外出許可も得て、とうとう出発当日。正門で踏み鋤を受け取ると、一緒に編み籠も手渡された。ヴァンダール名物がたっぷりと詰め込まれた籠は、衛兵たちが準備してくれたものだ。

天気も快晴、灰色の多い街でめずらしい晴れである。浜辺につくと、教えてもらった通り素晴らしい情景が広がっていた。まだひんやりとしている砂浜に七色貝がきらきらと顔を出している。情景を思い出しながらデクランは目を閉じていたが、「でも、浜にいたのは私達だけではなかったのです」と、少し不穏を感じさせながら眉をあげる。若者たちが固唾をのむ。男の話は少年の冒険記を聞くような謎の魅力があった。同じ目的でやってきたのだろう初老の男と睨み合い、「あれは拳骨を食らう覚悟が必要でした」と明らかな嘘をつくも、若い働き手たちは作り話との境を見極めることができずに熱心に聴いている。


「睨み合ったのもつかの間、私達は収集した貝を掲げました。その方が持っていた美しい貝が先程見せたものです」切除した皮膚を皿に置く。桃色から黒く変色している。

「実はね、その御仁が学者の先生だったのです。わざわざ街の外にでて貝拾いをする酔狂なシュナフ人がいると聞いて、わざわざ予定を合わせてくださったのですって」

「本当ですか?」と驚きながらウィンテールが訊く。疑うというより、本当にそんな偶然が重なるのか、デクランの表情を読もうとして失敗していた。






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