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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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281 肉料理:----・------(73)

特に君は妻の魂を憐れんだだろう。"不幸な男"に掴まった可哀想な女だとみて、妻を天へ送った光は特別美しかった。あれは妻への餞別などではない。私に与えられた慰みだった。君はかわいそうなくらい、いい人だ。あの夜、君の行動の何から何までが私の為に有った。否定できない筈だ。口では悪し様に言って、男の弱さや泣き所を制御しようとしただろう。見事その手腕で、私は泥を吐いてしまったというわけだ。

男というものは低級な生物だと思うが、特別低級な私の理性を取り戻させ、過ちから立ち返らせようとする君はそれ以下だ。悪手だったと言わざるを得ない。善性は往々にして悲劇を引き込むものだと君はとっくに気づいているが、善行を止められないのだ。本当にいいひとだね。可哀想なくらいだ。


これほど率直に心を打ち明けるかわいらしい手紙を、いまちりぢりに破きたくて仕方がないだろう。私もこんなにも楽しく恥をさらせるとは思ってもいなかった。これだけ好き勝手に言われても、君はまだ続きを読んでくれることはわかっている。私はもういないのだから、多めに見てくれるだろう。

なんにせよ私は"君"という欲望を満足させる術を見つけてしまった。その瞬間誰よりも幸福に近くなった。自惚れ過ぎていると嫌悪するだろうが、実のところ自惚れていない男など存在しないことを君は学ぶべきだ。私に生きがいを与え、愛情を与えてしまった以上、私は私を幸福にするため"生きる"と決めた。間違わないでもらいたいが、"君"を幸せにする為に、ではないよ。私は私だけしか幸福にすることはできない。

人生は滅裂としているが、それだけは明瞭だ。念の為はっきりとさせておく。


誘惑する訳ではないが、君は大した慧眼の持ち主だ。私を捕まえるや否や、妻の死を快楽に使う男だと見抜いた。よしあしを判断したのは君の主観だが、私が持つ薄汚さに顔を顰め、はっきりと私を罵倒してくれた。その罵倒は、私がこれまで一度も外に漏らしたこともない、自分でさえ形にしたことのないものを鮮明に描き出してくれた。気持ちを乱し合わされ、重さから解放されて心身が軽やかになったものだ。


私は形だけ悔い改めて、心の裏では狂喜乱舞していた。姦淫の罪を犯した男が告解をへて神に許され、罪を免れた話を連想させる。贖罪とはなんであるか疑問に思わないのがこの世だ。罪を告白した事で姦淫の罪がなかったことにはならない。女であれば同じように許されるだろうか。答えは君も分かるだろう。告解室という小部屋の中で何が行われているかは、君の目を汚したくないのでここでは明らかにしない。


社会の基となる教会法や、村民の生活を整える村掟などで罪人を罰する仕組みがあるが、その中でも痛みを有難がる人種は悪魔と烙印を押される。私はその手の類いだが、万人と同じく"消え去る定めの魂"であることに変わりない。


妻は私のそういった気狂いを知らなかった。彼女はいかにも大人しく、薄幸を絵に描いたような顔をしていたが、無関心を通し、時々思い出したように夫の役目を果たす私に怒ったことも、拒んだこともなかった。

男は女を支配する地位にある。今では古い慣習だとして、男女を「ひとつの命」として扱う風潮が生まれつつあるが、女というものは、男の庇護の下に生き、可愛がられ、大切に守られ、特別愛されもするが、組み敷かれて好き勝手に形を変えられる存在であることは変わることがない。

男女の体格差に加え、種族的身体能力の差もある。理力は女の方が多く持って生まれるが、扱いは男の方が長けている。力仕事も女には向かないが、きめ細やかで丁寧な配慮が必要な仕事では彼女たちが輝くこともある。だからこそ、男という支えがあってこそ彼女たちは生活をすることができる。そういった共同体がなんと呼ばれているかわかるだろうか。家族というものだ。


私の家族は、息絶え、腐乱を迎えるだけの肉の塊となった。もう魂は旅立っているのだから、また目を開けて、細々とした女仕事に勤しんだり、不器用にはにかむことはない。ならばこの空虚な体を最後に私の中に招ずることが、私にしてやれる唯一の報いであった。葬列を組み、粛々と沈痛な顔をしてみせるだけの葬式よりも、よほど意味がある。


私がこんなにも「私を必死に愛していた女」を装飾品にしたがるかといえば、それが私の生き方だったからだ。それ以上の定義があるだろうか。実際のところ私を恨みに思う瞬間もあっただろうが、告げられなかったのだからその程度なのだろう。私達は永久に大河の端と端にいるのだから、気持ちを伝えあうことはない。


この手紙を読んで実感してくれていると思うが、真実は本当につまらないものだ。味気ない語句で取り繕っても、告白したが最後、愛されたかっただとか憎んでいただとか嫉妬していましたというような陳腐な語句で想いが閉じてしまう。終わらせなければ熱量を失わないのに、人はどうして本物の告白なんてして、その膨らんだ熱をしぼめてしまうのだろう。野暮ったいと思わないか?






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