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28 ズリ山の石と、

なんと答えて良いのかさっぱりわからなかった。

「漁師にでもなったらどうだ」と言って、念のため「こんなとこで堀子なんてしてねえでよ」と付け足した。


「いえね、石っころをこつこつ叩くくらいしか出来ることなんてありませんよ。ここにくる前はホルミス領の採掘場にいたんですけど、あそこは日当がすくねえし、すくねえのに親方が取っちまうし、散々で。妹ひとり食わせてやることもできなくて……」


飯場でも長屋でもこの男の身の上を聞いたこともなかったレヴは平静を装いながら内心まごついていた。

坑道に集うやつらなんてのは、普通に人生を生きられないやつだ。掃きだめにいる俺もこいつもクズにほかならない。馬鹿が馬鹿なりに馬鹿をやって流れ着いただけ。だから苦労話なんてものを聞きたくもなかった。

お前もそんな話いままでひとつも口にしたこともねえ癖に。


レヴは吐き気がした。これから可哀想な自分を押し付けられるのだと思うと吐き気がした。他人と近づきたくない。内側の話をされて怯んでいる自分がいることに気づいている。だから嫌悪していた。


ねばりつく気持ちがうずまくレヴをよそに、レイクは淡々と続ける。自分の胸から空気を吐きだすように静かに。


「雨水すすって今日はあめぇとか言って………捨て子養育とかいう、知ってます? 教会に入れりぁ、飯も、寝るとこもくれるって、うそみてぇな話でさぁ……俺が与えられねえもん全部くれるんだって、ほんとにうそみてぇな……だから妹を捨てた兄貴になるくらいどうってことねぇって……」

「……てめぇはなんで入んなかった」

「でかすぎたんですよ。成人してっと」

だめなんです、うすら笑いに染みついた影に俺の方が傷ついちまう。

「どのくらい逢ってねえんだ。ずっとか」


沈黙。定期的に響く振動が、代わりに答える。まったく卑怯な話だ。これだから身の上話は嫌だった。

内側に入りたくないのに、どうして俺は手を止めて言葉を探してるんだ。


レイクの頭角にかけてある小汚い手ぬぐいを引ったくり、思い切り顔を拭った。顔面の皮がよれるほど強くこすった。

まだ十七かそこらの癖して、長屋の窓から日が暮れるまで対岸の町を見つめる意味がわかってしまった。聞きたくねえ、全くもって卑怯な話だ。鉱夫という職を選んだ者は総じて不幸だ。だから不幸の詰め合わせ話なんて珍しいことじゃねえ。そこらへんに転がる石っころみてぇにありふれている。クズがあくせく働いてズリ山を作る。くだらねえ人生。けど、ほんのちょっと、ちょっとでいいから、生きてて良かったって思う時がこいつにあったっていいだろ。


「……晩飯、ごりだといいな」

「あ、レヴさんも好きですか」

「レヴじゃねえ、兄弟って呼べやくそ………やるよおめえによ……」

「なんでですか、は? きしょくわりぃ。いいですよ。しっかり食ってくださいよ…………へ、泣いてんすか? クソですか」

「だーッ、うるせえ! きしょくわりぃってなんだ! 黙って掘れ! クソ野郎!」


腕に顔をこすりつけ、目の汗と一緒に鼻をすする。鑿と槌を鳴らした。


からんからん、……カンッ! と―――ひときわ甲高く鋭い音が坑道を駆け抜けた。鼓膜がいかれたかと耳を抑え、うずくまる。


「うわッ! いッ!」

「ッ!?」


地鳴りがどんどん大きくなる。振動に膝をついた瞬間、天井の一部が真っ二つに割れた。レヴは踏ん張り、勢いよく飛び退いた。後ろにいたレイクの腕を掴み、乱暴に引き上げる。レイクは背中を打ちつけながらも五体満足でいた。

「落盤」――怖々と吐かれたレイクの声に異はない。轟音を聴きつけた他の鉱夫たちが基幹坑道から叫んでいる。運よく、坑道は生きており戻ることができそうだ。レヴは無事を知らせ、煙を払いながら、もう一度レイクを見た。


やつは坑の最奥を覗き込んでいた。割れた岩の奥、先程まで存在もなかった大きな黒い塊に近づく。

汚れで隠れているが、レイクが灯をそばに近づけると土が輝きを放った。石の前に顔を近づけて、指を押し付けて汚れを除けていく。レヴも角灯をたぐり寄せ、レイクの顔のそばに掲げた。頼りない灯りが、男たちの頬骨と小鼻に光を落としていた。


「こんなん……見たことない………あ!レヴさん!!」


言うや否や二人の男は再び天井から降ってきた岩に押し潰された。飛び退くこともできなかった、天井がそのまま降ってきた。

灯のなくなった坑道は真っ暗になり、次第に水の音に呑まれていった。






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