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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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267 肉料理:----・------(59)

塵を見るように喚く男を一瞥する。

街頭で演説をするように、しきりに何かを勧告し、指示する声がかかっていた。ガオに連れてこさせプラシドに相手をさせているが、どうしても自分の思うままに事を運び、あまつさえ興味を引きたいらしい。男の顔には、この種の低能によくみられる酩酊があった。自身の歩みを見せびらかして、持て囃されることを望み、永久に遇されなければ臍を曲げる幼稚な顔だ。神の代弁を騙る男といい勝負だと笑うと、男は読心術を備えているらしく、勝ち誇った顔で口を閉じた。腹立たしさはあるが、さりとて殺すほどではない。


「ガオ、プラシド」


唖然とする男を余所に二人が一足二足と踏み込んで傅く。

物言わず、ただじっと見上げる瞳には軽率な振舞いはみられない。ふと、幼少の頃の姿が思い出された。逢うと必ずこうして足元に駆けてきて、口を挟まずに黙々と話を聞いているところが気に入っていた。戯れに名前を呼んでやると、かたい顔を羞恥に染めて慌てるのが、人の子らしくあって新鮮であった。名にそれほどの想いがあるのかと問えば、少々難があるからその話は二度とするなと必死に刃を煌めかせるような顔で言うので、諾を告げてやったものだ。それからは名前で呼んでやっても顔色を変えなくなったが、そばに駆けてくるところはいつまでも変わらなかった。


プラシドは背が伸び、腹が出て、ふくよかになった。ガオは今でこそ引き締まった体をしているが、咳をしてばかりの痩せた子供で、何度も床に臥せて手が掛かったが、煩わしくはなかった。本当の子ではなく、関わり合うことも人の真似事に過ぎなかったからだろう。


「あれを連れ、遠くへ行け。アクエレイルから離れればどこへ捨てても構わぬ」


破裂音が響き。大きな悲鳴があがった。大聖堂に広がった火が何かに引火している。

プラシドは目をぎらつかせる事もなく頷く。ただ一瞬肩を並べるガオの食いしばった口を見て、じわりと笑って眉を下げた。旧い友は今すぐ大の字になって駄々をこねてしまいたいのだと、わかるのだ。プラシドも形は違えど、別れを惜しむ気持ちがあるのだから。


「ガオ……伝えたことがあるのでは?」


ガオという使い古した割れ皿のように愛おしい粗忽者は、押しきろうとする自身の我儘を赤い顔をして抑え込み、ただかぶりを振った。思いわずらっていると全身で表されると、これには男という生き物を憎らしく思っていた貴人でさえも、愛おしいと率直に認めざるをえない。そのまま身を引こうとする男二人に身体を向け、大気を包むように膝を折る。ふわりと広がった重ね衣は月光を跳ね返し、折々に触れる屋根瓦を濃厚な厚みで隠した。


二人は「おぉ」と言って、目線を同じくした男の眩しさに目を細めた。おろどくばかりなのは、三人は友のように快活に触れあうことなどなかったからだ。そしてまた貴人は誰にも傅いたことがなかった。腰を下ろし、はじめて対等に向き合う。


「短い間だったが、人の真似ができたようで楽しかった」


顔を突き合わせる三人は主従でもなければ家族でもない。時折、定めが重なれば手を貸し、事が終われば去っていく。共に過ごすのは一時のことも、数節、数年に及ぶこともあった。形容し難い関係を言葉にしようという気持ちも湧かず、根無し同士おなじ小屋で暮らした。彼らにとっても不幸を救われた恩返しに、気まぐれな蝶の羽休めを見守っていただけなのだろう。次の約束をしたことは一度もなかったが、今日という日には別れを告げる必要があった。


「御身が安らぎましたのなら嬉しく思います……ですが短いとは思えません。私達揃ってすっかり老けてしまいましたよ」

「……星が過ぎても、その言い様も笑い方も変わらんな。お前たちを看取ってやれぬのは少し口惜しいが、加護が迷わず送るだろう。恐れずに逝くがいい」


じんわりと口元を綻ばせて、プラシドは頭を下げた。戻ってきたときにはもう、泣き言を露骨に切り捨てて、家父の顔をしていた。

今は商人として財を成した二人を育ててやろうなどと考えたことはなく、雪を蹴散らしながら顔を真っ赤にして付いてきた子供を生きるついでに生かしただけだった。親なし子など吐いて捨てる程いる世の中で、気まぐれに手を取った。もう一人の自分が「家族」を追い求めることに影響を及ぼされ、営みの真似事をしたのだろう。男二人というのも、あの兄弟と似ている。似せたつもりもないが、そういう事なのだろう。

二人には何かを仕込んだこともなかったが、彼らは都合よく働いて、危うい刃の下に出なくてもよい地位を得ても、いまだに呼べば駆けつけてくれる。


「助けられた。が、もうここまでで良い。お前達がいなければ路頭に迷う家族があろう。必ず生き残れ。わかっておるな」


ガオはいまだ何も言えないでいた。胸を息苦しさが襲って果てないのだ。大男が透かし見せる実直に、神秘的な美しさはない。けれど貴人はふっと相好を崩した。もはや孫もある身で、欲しいものを耐えられては与えてやりたくもなる。


「早く申せ、莫迦者」





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