263 肉料理:----・------(55)
少女はようやく感知したらしい。
男の中に少女を抱こうという意識の他に、最大の願いを叶える為の策略があることに。尽きかけた少女の意識が、弓なりに反る身体に素早くのぼる光を捉える。困惑に滲む目からして、それが"理力"の光である事さえ知らなかったようだ。本当にあの家は彼女に何も与えず、最も誇るべき矜持を封じ続けてきたようだ。そうする事で手元に留めておこうとする、知恵のない者が考えそうなことだった。
髪の陰、瞼を押さえ付ける手、口腔――終始弄される身体に光が瞬く間に吸いこまれていく。彼女は女らしく思いわずらって、幼さの残る腰をくねらせた。まだ逃げようと試みる気力が残されているらしい。ならばと、理力を増して流し込むと、どくりと細い身体が増々仰け反って、一瞬で意識が失われた。声を発する暇もなく、この上もなく蹂躙される体は痙攣して石畳を弱く打ち返す。
もしも、女という結晶体が傷つけられるほどに玲瓏と磨かれていくのなら、彼女ほど絶世の美を得たものはいないだろう。
女を抱いて初めての沈黙がおりた。爪弾けば鳴る楽器の様に、少女は一撞されてまた蒼い顔で目覚めた。まだ何事かわかっていない目が、虚空を彷徨って戦慄いている。
「……ぁっ、? ああ、 ? ………」
痛まし気に見下ろすのも興が失せ、再び舌を挿しいれ、練り込むように理力を与え続けると彼女は突然笑い出した。
「……ふ、なんだい、笑って」
少し胸の前に隙間をあけると、はふ、と小さな胸が上下する。落ち着いた微笑を浮かべて、優しく聞き返す。
彼女は唇も、細くひらいた瞳も、どこも艶やかに濡れたまま、うっとりと微笑んだ。
「おひげ くすぐったい……」
身体相応の幼稚な響きは、脳裏に遅れて届いた。豪快に笑う。
「……ふは、そうか、そうか。それはすまないね、これは老人の体だった…………いまだに愛し合っていた頃のつもりでいたようだ。この成りでは言葉遣いも可笑しいかも知れないね……そうか、私は君の魂だけを見ているから、君もそんなに幼いのだな……それでも魂だけは変わっていない……あぁ、そんな顔で見ないでくれ。君はどうしてそんなに美しいのだろうね、卑怯なほどだよ…………きっと君は歓喜に打ち震えている私を見て、よく辛抱したと褒めてくれるだろう。いつものように私を労ってくれるだろう。そうだろう、私の…………急かしてはいけないね。もう少し、もう少しなんだ……」
少女はまだ理解しきれぬ顔をしたが、そこに恐れも抵抗もなかった。堕ちてくれたのだ。悲しみを飛び越え、男は満ち足りた顔で少女を覗き込きこんだ。時がきていた。
「君の中に招いて欲しい」
「……?」
「もう、わかっている筈だ。私達はそうしてきただろう。何度も、何度も…………どうか、逢わせて欲しい」
「………あ、 い ?」
指がいずこを圧している。少女は自分から決して立ち去らない男をもう見てはいなかった。暗い空に星はない。着実な幸福はもうないのだと、自分の中の宝箱に感情の何もかもを押し込め終わっていた。
「こんな場所で告げるつもりではなかった。あの家さえ君を差し出していれば……あの家さえ隠していなければ……もっと早く迎えに行けたのに」
「おこ ら ……いで……」
「あぁ、君が言うなら、もういいんだ…………忘れよう、一緒に」
膝立ちになると、赤い帯の隙間に手を差しいれて、忍ばせていた懐剣の装飾のない簡素な柄を握る。もう片手で、小さな胸をわかつ重ね襟を乱す。水の痕跡が双丘をたどり、身体の芯に走る骨をくっきりと浮き上がらせていた。肉のあまり付いていない体を撫でて、指先で骨を数える。
「眠いならいいよ眠っていて、その間に終わらせるから」
「いたい……の、いや」
「わかってる」
――――柄を握り込み、片手の平で柄の終端を押し込む。肉が裂け、ぶつりと筋が断たれる音が鳴って、小さな胸に短剣の鈍い刃がすべておさまると、少女の瞳から白鳥が飛び立つように一粒の涙が流れ落ちた。
鮮血が匂い立ち、傷口から迸った光が大きな球体となって上空に姿を現した。鮮血にまみれる男女を光が包む。女は息を引き取り、男は女の上に跨ったまま高らかに両手を広げた。男の頬を雨とも涙ともわからぬ雫が伝っていく、それは数千年分の旅の終わりを慰めていた。
白鳥が湖面を低く飛んでいる。たぎり立つ愛憎の湖に男が降り立った。
湖の遥か向こうに押し寄せる山脈は、雪の衣を深々と被ってその隆起した肌に靄のような滑らかな雲を棚引かせている。透き通る湖面は、風景を逆さまに反射させ、白と青が折り重なって半ばまで押し寄せてくる。眼前を占める紺青は、吐息をもらすことさえ躊躇う美しさを湛えていた。
「ロライン……」




