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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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249 肉料理:----・------(41)

散々見せあった慈愛は互いの顔から剥がれ落ちて足元でずぶ濡れになっている。いっそこれ以上いつわって熱情を向け合うふりをしなくても良い事が喜ばしい。双方演技だったことは告げずともわかっている。あのような立宴の場で権力者に近づく者は、己の計画に知恵を貸りたいか、一夜をともにすることを企むものばかりだ。


その点でプラシドという男は己の花という花を、一切身元の知れぬ貴人に活けきっていたのだろう。どうりで花の無い男だ。そして未だに神妙な顔で黙っているガオもいちいち心の有様を男に決めてもらいたがっているのだろう。豪快さも生命力もこの男の資質の内ではあるのだろうが、何れにしたって次に発せられる言葉が神託とでも思って、こうして飽きるまで待っている姿は躾された犬のようなのだから見方も変わる。


(――――そんな生き方をして気色悪いと思わないか、なあ)


誰ともなしに吐いたものは嘲りとなって口元に乗った。自分の軸を他者に明け渡して平然としている生物のことはこの世で最も憎悪している。同じ空気を吸っているだけで不快だし、そのような病気をみせつけられたくもない。

二人の男が終始誰かに憚り、どこか別の場所にいるものに忠誠を誓っているような気がしたが、見事に結着する。目の前の、明らかに、私に見られていると知りながら、こちらを見もしない男に傾倒しているのだ。ディアリスは貴人から視線を外し、眉を寄せてこちらを見るプラシドを睨み返した。


「説法するつもりなら直截に言って下さい。自分を理知的だと勘違いされている方は、何かとまわりくどい」

「貴方は自分のした事を少しも罪だとは思っていらっしゃらないのですね。それどころかあの方の身を清めたと思っているのでしょう……その手で命を奪うことに一つも後悔がないのでしょうね」

「やり直してください。隣の御仁がそう思し召しなのですか? そうではありませんね。でも貴方の言葉でもない。人の威厳を借りるのがお好きなのだとは思いますが、威嚇の言葉を考えることもできませんか」

「そんなに取り乱さないでください」

「よくある手ですね。続けてあげましょう。この血を見てください。あの子は今ももがいているのに、助けようとしていた私をここに連れてきましたね」

「………押花にすることが救いであるとおっしゃる」

「おしばな?……あぁ、盗み見ていらっしゃったのですか。罪深いのはどちらでしょうね。私の理術は彼女を癒していたのです。延命を阻んで何がしたかったのですか」

「殺そうとしていたことはわかっています」

「そうだとしましょう。では、あそこまで負傷した少女をどのように救うか教えてください。治癒術では失血と肉体の欠損は補えません。貴方が救えたというなら、どうしてここにいるのですか」

「……」

「痛みを感じながら死を待つことがどれほどおぞましく、どうしようもない事だと貴方にわかるのですか」

「貴方が理解していたとしても……」

「……あぁそうか、()()()()()()()()()()


プラシドは絶句していた。


「私に()()を取り上げられると思って怖いんでしょう」

「玩具…? 大主教ともあろうお方が何という事を」


と、今更まくしたてるガオの言葉を遮り、ディアリスは笑みを見せてやった。勝ち誇った笑みを。そして未だ冷めた顔を見せる貴人に聴こえるようにはっきりと言った。


「小娘ではない。あの女が欲しいのだろう。白と青の庭で涙に暮れる不憫な女を」


そのとき話に触れもしなかった男が、扇に這わせた指をとんとんと弾いた。雨粒が放射を描いて周囲に散る。空気は貴人を中心に止まった。いや――錯覚に過ぎない。

指先や目先ひとつで成すことが美しい儀式のように展開されるので、ディアリスさえ危うく"待ち"そうになる。切れ長の瞳の開閉に背徳が滲んで、ディアリスの脳裏に小さな宮で切々と泣いていた女の顔が浮かんだ。くねった腰と、その奥に透ける肌も。

貴人はどことなく、その女に似ている。


思えばそれは何年越しの再会だろう。


「いつの日か……もう一度巡りあう気がしていた……あの日の朝陽を覚えています。泥だらけになって見上げた空を過ぎる鳥の渡りも、喉の渇きも。貴方との時間は眠りの浅瀬に打ち寄せた波紋だった。畔には私の足跡だけが残り、貴方の匂いさえ残されていなかった」


男は扇を閉じた。物を引き裂くような音が走る。


「……貴方は歳は取らないんだな。化け物じみた美しさは変わらない……聖霊よ」


聖霊―――かつて一度だけ自分を曝け出した相手。屈辱で塗りたくられた記憶の扉に押し込めていた存在。長らく遠ざけることができても、同じ場面が必ずやってくると知っていた。避けるように遠回りした道の先で、悪魔は待ち構えているものだ。それが今日という日だっただけのこと。






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