234 肉料理:----・------(26)
男の顔を見ていると、奥から救いを求める声が聴こえた気がした。青い瞳の中にのめり込んで、何もかも吸い尽くしてしまいたいとさえ思った。
こくりと頷く女の昔様と同じ仕草をする男の背を軽く叩く。私のあとをついてくる姿は、夫に寄り添う女のように見えた。
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―――司祭館 二階 議場
最奥にある議長席を頂点に扇状に座席が広がる。階段状に配置された座席には、民衆から選出された議会員と教会同盟員が肩を並べて座っており、それぞれの諸要求を戦わせていた。いずれもヴァンダール市民であり、信徒である彼らだが、支配階級と労働階級に分かれており、目的や傾向も異なる。各々が復興を一節でも早く進めるため改良的で協力的な態度を求めあうが、階級対立を廃棄できずにいた。
以下、会議録から一部抜粋
「それではまったく不可能なことを目指しているように思える。労働者に強いる不自由の代わりに少なくとも同程度の保証は与えられるべきだ」
「異議あり」と叫ぶ者あり。回答指名会員の挙手、議長からの発言許可を得て起立する。
「再建計画はあまねく平等にとはいかないものです。慈善的な方策ばかり進行させることができないことは既にご理解頂けているものと思っておりましたが、もう一度主旨の説明をする必要があるようです。前節、商工会所および大工房は疫病罹患者の隔離所としての役目を終えて全棟滅却処分され、全従業員も正式に解雇されることとなりました。一部敷地は施療院建築の用地として提供し、そのほかはヴァンダール市民の生活水準を元の状態へ戻すために商工会所と大工房の再建を立案致しました。次に、都市の要となる市場についてですが、現在も疫病の拡大を怖れたロライン、アクエレイル、シュナフ、ホルミスとの輸送の停滞、分断が続いています。その為、物が不足し、物価が高騰する原因にもなっています。行政は想像しうるあらゆる手段を取って市場を正常に動かさなくてはなりません。市場が機能すれば、労働者の生活基盤の再生産にもつながります。以上が"前節"の特別復興会議での主題でした。さらには」
遮るように呼び声。回答指名会員は着席。このあいだに再度、選出会員が挙手。議長の発言許可を得て起立。
「議長、彼らは我々を煙に巻こうとしています。規則に由ると利害を有する会員の出席は禁止されるはずです。彼に退室を促して下さい」
発言許可のない怒声あり。議長は議論杖を握ったまま発言はなさらない。その隙に再度選出会員が、全体へ発言。
「諸兄、復興計画書の策定案件の一覧を見てください。主に取り組まれているのが教区別の生活基盤の復旧ですが、それ以外に実施されている項目はどれも財務部が支援する工房と商会に関するものです。労働力を無償で献上している者たちは、家も家族も失い、粗末な破屋に押し込められています。市民はいつになったら自分の生活に戻れるのでしょうか。市場が必要なことは重々承知していますが、衣食住すら安定していない者が多くいる現状をしかと直視してください。貴方方は先ばかりを見て、こちらの要望は拒絶をし、自分たちが押し潰されないところまでいってから漸く腰を上げる。そして少しの財源だけを解放する。私達はさらに条件を押しつけられ、抵抗できないようにされているのです! 奴隷扱いはやめていただきたい!」
怒声、拍手、応援、入り混じって、机を強く叩く者もある。
「落ち着いてください。労働、復興委員会を交えての話し合いは既に済み、合意も得ています。一度ではなく、複数回の議論の場を設けました。不満がある事とは思います、それも解消されるべきではありますが、少なくとも今日この場で話を数十歩も戻すべきではありません。貴方方は用意された場を有効に使うことができなかった。それをお忘れなく」
「私達は多くを望んでいる訳ではありません! 感染者を出した家は財産没収、家は焼かれ、何をするにも申請して受理を待たねばならない。疫病根絶宣言がなされて、貴方方はそれで終わりと家に戻られるが、私達は苦い薬を飲まされ、その上さらに毒薬を飲めと言われているのです!」
「都市が円滑にまわらなければ市民は路頭に迷う」
「市民なくして都市は成り立たない!」
「先程から声高に叫んでいらっしゃいますが、私達とは誰のことを言っているのでしょうか。ご自分の不幸を表明していらっしゃるのですか?」
「そうです。私も破屋に住んでいます。ありのままを主張し、何の不都合がありますか? 不幸を脱しようとする私の目は、今やこの都市の大多数の目と同じなのです」
「誇張は不要です。疫病は職位や貧富を選ばずに等しく命を奪っていきました。個別の損得を考え、渦巻く情感に配慮していては都市は死んでいくでしょう」
「(公序良俗に反する差別発言)!」
「………議長」




