215 肉料理:----・------(7)
「ヴァンダール領域の教職者よ聞け。龍下及びディアリス・ヴァンダールは両者ともに治療の後、執政部と法務部による査問を執り行う。両名の統治・対外・最終の三権は凍結。査問終了まで国政及び首都アクエレイルは引き続き執政部と護民部に信託される。ヴァンダール領は我アーデルハイト・ホルミスの指揮下に入ってもらう。あくまで暫定的な処置であり、実効支配ではない。脆弱な連携をひと時繋ぐものに過ぎないと理解してほしい」
大広間は別の部屋から戻ってきた者や、飛び出して行く者でごった返している。蠱惑するような煌びやかさは消え、炎上し終えたあとの鼻曲がりの煙をかき分けて白や青や緑や橙の色をまとった人々が勝手気ままに都合を押しつけ合っている。放心する者もあれば、大声で泣き喚く者もいる。声のすべてが重なり合い、龍下が別室に移されるとそれはさらに大きくなった。
そこへ斬ってかかるような勢いで、老齢の男がシュナフ陣営の集まりに声を掛けた。近寄ることも億劫で遠くから出した大声に、見ず知らずの人も旧知のように振り返る。
「デクラン! デクラン・マッケナ! シュナフ様がお呼びだ、赤の貴賓室に向かえ!」
「デクラン、呼ばれているぞ」
「そちらはアクエレイル領の方をとり除くより、ゆかりの者で固めた方が収まりがいいかと思います。いえ、拙い案ですので、えぇ……うしろ? 誰かお呼びですか? すみません、身内に声が大きい者がいて耳が遠くてですね。大方公証部の"化け物マッケナ"とお間違えなのでしょう……私は出来損ないの息子の方なので……あ、やぁ。コーンウェル、さっきぶりだ。怪我は」
「治癒のおかげでこの通り。おやじさん来てるよ」
「良かった。え、小父さん? 何かやってしまったかなぁ」
「大主教がお呼びらしい」
「あら」
片手をあげて挨拶を交わす暢気な若者に老骨がずんずんと近寄る。コーンウェルがデクランの耳のそばで「うしろ」と喋ると、ようやく癖のある白髪の向こうの垂れ眼が小父の方を向いた。
「やかましいわ若造ども! デクラン! 搦みかからんで素直にはいと云えばよいのだ!」
「小父さん、大主教がお呼びであるとか」
「そうだ、仔細は申せぬが速やかに向かうように」
「わかりました。一先ずこちらの差配を終えてからでもよいでしょうか。ヴァンダール内の各宿舎の警備数の変更を。確か……ここに手配書が。シュナフ様のご所望は私の理術でないとよいのですが。母も私の理術などアルルの涙といつもおっしゃっていますし、恐れ多い事です。そういえばコーンウェル、今回の大会前にアクエレイルでは多くの執政官が不安観念に囚われる、所謂悪夢を見たそうですよ。夢見による予言は世のほとんどを見通すわけではなく、とても局所的な隘路だけを見るものですから、今宵の喪失や残酷な体験内容までは得ることはできなかった。今後彼らは耐え難い苦痛とともに悪夢に飛び起きることになるのでしょう。あ、この項目ですね。こちらの赤砂岩の城壁の警備配置から、三割ずつ大聖堂の方に移しましょう。それからアクエレイルの宿舎にも増強を、ここと、ここから。併設している大小三つの塔には隠し部屋があると思います。構造上そういった部屋が造られやすい。ヴァンダール側の隠し通路があるかも知れませんので、確認をする際は必ず護衛官に同道していただくように。あ、アルルというのは褐色の小鳥でそのちいさなくちばしで」
「まだ論ずるか! これ以上待てん! 問答無用ッ」
「あら?」
ほとんど目に見えぬ何か―――翁の手刀を受けて、二人のウリアル種は同時に転倒した。素早く腰帯を抜きとって、彼らの特徴であるねじれ角に器用に掛けると、あっという間に二人の身体は絨毯を滑り始めた。
「うっ、こ、これは母の得意技……」
「元は儂が教えた技じゃ! 知ったか!」
「はい、首がとっても痛いです。充分わかりましたので帯を解いてくれますか」
「そのようにほけほけと! だからお前は筆頭文官でも頭打ちなのだ! どうしたものか憤りという憤りが欠けておる! はよう来い馬鹿者が!」
「おやじさん…どうして私まで引っ張られているのでしょう……」
「こやつが訳が分からんことを言うのに誰がわかるというのだ!」
「あ、皆さん後はお任せします。どうぞ護衛官の同道を忘れずに。それ以外は適宜足したり引いたりです。ね。あ、小父さん? 勢い余ってお部屋を通過しないようにしてくださいね。わ、コーンウェル見てください。せっかくの天井画が焼けています。頭部と体躯の一部が失われて、まるで反教会主義の絵のようです。不気味で恐怖を喚起させる雰囲気を感じますね、少し皮肉でとても効果的です。ああいった絵画を天井に施すのは」
「黙っておれ!」
「あら」




