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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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213 肉料理:----・------(5)

その夜、多くの事が語られた。アクエレイル南東部ホルミス領の生まれで教職者でもあった男が、どのような思想を持ち、何に影響をされたのか。龍下は多くの艱難に耳を傾けた。龍下は常に温容で、男もまた殺人狂というわけではなかったが肉体の苦痛の中に信仰をもっていたため、他人に対して苛烈な苦痛を与えることを厭わなかった。


相手は目の前に現れた国の最高権威者に、心に抱いた熱情のすべてをぶつけようとしていた。そのような場は最初で最期であると男も理解していた。しかし龍下は終始明るい笑顔を浮かべ、まるで劇場の特別席から舞台を見下ろしているように男の難解な言葉選びを演出として楽しんでいた。次第に男は自身の論理に撞着され、下手な役者に変わっていく。


ひとしきり話し、うち静まったところで龍下によって灯火が吹き消された。述懐を記録していたプロネーシスは龍下とともに獄舎を出たが、最後に見た男はぐんと口数を減らしていた。顔から、体から、言葉から熱狂を迸らせていたというのに、今は薄暗い獄の中で「うん、うん……」と宛てもなく返事をしている。


先を歩く龍下の顔には、良い話し合いができたという笑みが明瞭に浮かんでいた。プロネーシスは龍下から秘匿接見をおこないたいと要望を受け、法の手続きを無視して場を設けた。獄舎は人払いされ、今日の行動は誰の目にもうつらない。龍下の願いとはいえ、主席執政官であるプロネーシスならば他の諸々の声と同様に握りつぶすことができた。男たちを引き合わせても、握手と熱い抱擁がある訳ではない。


「プロネーシス、処刑はどのように」

「刑場で通常通りに首を括らせます」

「火刑にしてください」

「民意を抑える為ですか?」

「えぇ。幸いにして彼が教会に属していた事実はまだ知られていません。加えて貴方が量刑を即断してくださったおかげで人狩りは抑えられていますが、刑場には既に処刑を待つ人々が集まっている。時を伸ばせば粗を探され、矛先が教会に向けられる事でしょう。ですから、散々に鞭打ったあと、民衆の顔色を見つつ、刑を追加しながら焼き捨ててください。彼の体には自傷の傷跡がありますので、それが見えなくなるまで打つように。もし手を緩めれば、心を痛めたすべての善人が墓を掘り起こし、死骸を市中に引きまわす事でしょう。それは避けたいのです。なのでできる限り悲惨に全員の溜飲が下がるまで刑を執行するように努めてください。貴方にも執行者にも苦労をかけます。それと、可哀想な信徒の家族には援助を与え、懇切に遇するようにしてください。貴方なら既に取り捌いているでしょうから口出すことではありませんね……ふむ、そんなところでしょうか……」

「……お急ぎですか?」

「ちょっと用事があるのです。待ち人がおりますので、そこの角で構いませんよ。お願いを聞いてくれたお礼はまた後日。それまでに要望をまとめておいてください」

「であれば今お時間を頂く事をお許しください。あの罪人は良き信徒を殺害したという明白に立証された罪によって断罪されます。その頭に何が詰まっていようと関係なく、人を害した罪のみが裁かれるのです。龍下は最初からそのような罪過ではなく、別の物を得る為に接見を申し出られたと理解しています。間違っているでしょうか」

「貴方のいう通りですよ。彼はどこにでもいるような我儘で短慮で自分に甘い男です。彼には妻も子もいるのですから、あの問いには言うに言えぬ悲しみがいっぱいにつまっているのです」

「……そのような事は一言も供述していなかったように思いますが」

「"女"をとても純潔で純然な者だと思っているのです。にも関わらず恐怖心や劣等感も持ってしまっている。それが軟弱な心境を保持させるに至った。女には厭うべき罪があると繰り返していましたが、抗弁を弄して自分を守っているだけなのです。自身への過褒ですね。虚栄、虚飾、彼を表す言葉は山のようにあります。侮言の一覧のような方。明日処刑されるのはそういう方です」

「……では、彼もまた我々が庇護するべき信徒であるというのですね」

「そう。ふふ、そうです。その通りです。救うことは彼自身にしかできません。我々は許しを与えましょう」

「…………」

「私はね、プロネ。神々の高潔な魂に勝る美しさが女性にはあると思っています。何者にも傷つけられず、目が眩むような美しさを持ち、誠実で、誰にも屈せずに純潔を守り続ける。その美しさは何ものにもかえ難い。神ですら……だから私の元へ来てくれれば良かった。私に問いかけてくれさえすれば。そうすればこの世で何よりも美しく神聖で冒涜的な宝石のことを教えられたのに……」


女の大害を叫ぼうとした男は火刑に処された。龍下は刑場を見下ろす露台で祈りを捧げ、亡くなった女性の魂に安らぎを与える。

民衆の望む姿であり続ける苦労は、彼のみが知る。しかし彼の本質もまた誰も知り得なかった。本当に民衆のために心を捧げることができるのだろうか。その為だけに生まれたのだと公言する者の本心を誰が確かめられるだろうか。それとも、確かめようとする事は罪だろうか。






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