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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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183 肉料理:鴨胸肉の執着と欲望の蒸し焼き(4)

「素晴らしいことですね。ディオスさん、検証の根幹として貴方が理力の流れを見極められるという事自体、そもそも奇異な特色であるといえるでしょう。理術発動時の発光粒子は、体内に取り込まれて消えていく。光がどこへ消えたのか、その流れを知ることはできない。しかし貴方は着眼している。理力の名代として今世に遣わされた使者だと、貴方の事を褒め称える声もあるのです」


―――初めて聞くが。


「……期待を寄せていただき身が引き締まる思いです。私はかつて森で遊ぶのが好きな愚かな子供でした。獣に襲われるから決して近づくなと言われているにも関わらず、森に入っては土を掘り返して木の根を選別するようなおかしな子供でした。大人が心配するとおりに、私は獣に襲われ、瀕死の重傷を負いました。運よく谷に落ちて、獣が追ってこなかったので助かったのです。目覚めた時、教会にいました。たまたま訪れていた巡礼の神父が治療を施して下さったのです。その時、自分が他者の理力を極度に弾く体質であると知りました。治療の為に泣き喚く私をおさえつけて神父は我慢強く理力を注いでくださったのです。他者の理力を感じ取ることができると理解できたのはもっと後ですが、とても不快で居心地が悪く、理力はしばらく内に留まり消えて行きました」

「そうですか……」大主教は腰帯に指を挟み入れ、口中の舌で頬の内側を一瞬探った。

「強すぎる抵抗ゆえに体が理力の所在を教えてくれるという事か……差し支えなければ貴方の理力量は」

「平均値以下です」


想定していたのか大主教は余り驚かなかった。思考の流れを選り分け、精査を素早くおこない、また顔をあげた。その視線に攻撃的な意欲を読んでいたが、今は夜中に起きて夢の中で見た研究の続きに取り掛かる自分を見ているようだった。


「興味深いですね……今回の滞在でヴァンダールの植生調査もおこなったと聞いていますが、どのような事をおこなったのですか」

「植生の調査は長期に及びますので、今回は土壌の概況把握につとめました。私の胸ほどの深さの穴を掘り、垂直の土壌断面を作成して、層を区分し、構成や水分量を調べました。雪が非常に多かったため、その影響を大分受けているように思います」

「いくつか種子も採取されたのですね?」


頷きを返す。報告書を提出しろと言われるだろうか、もしくは種を返還しろと言われるかも知れない。大主教の言葉からは何かを期待していることがわかる。

一見造詣が深いが、真の興味は他にあるのだろう。その目的に近いか否かを判断するために様々な疑問点を解消している。そういった利害の一致から合理的な関係を築こうとする相手は時折現れるが、何を望んでいるかによっては人生ごと乱される可能性があった。研究者は公正な真実をもたらすことだけに懸命になるが、教会の概念を通して物を見るように強制されれば、公正さを殺すことを選ぶ者もいる。


「……ディオスさん、しばらくヴァンダールに滞在しませんか。必要な設備はすべて揃えさせます。貴方の為ならいくらでも」

「……閣下。私は大聖堂医疾部の所属ですので」

「ここも大聖堂であることに変わりませんよ。それとも、貴方を口説いてはいけませんか?」


多感な時期の女が発するような艶のある声が響き、驚いて肌が粟立った。とても素晴らしい申し出だと、感じ入る男の大きい独り言が続く。

観客となっていた招待客たちはたった今迄質疑を傍観していたのに、分かりやすい言葉が差し挟まれた途端、雌蜂のように蜜にむらがってくるのである。


答えなど明々白々だ。いかに大主教の願いだといえども奉仕先を変更することはできない。大きく見れば、アクエレイルの大聖堂も、ヴァンダールの大聖堂も同じ教会という枠組みの中にあるが、都市間の移動は推奨されていないし、ディオス個人に選択の自由は付与されていない。判断できる立場にないことは大主教も既知なので、わざと盛り上げる言葉を使っているのだ。


龍下に助けを求めようにも大主教の姿に隠され、視線を送る事さえ叶わない。観客は、信念に帰依する貧しい医生が大主教に抜擢される夢物語を描いて、歓喜の歌を合唱しそうだ。熱気と期待が背中に圧し掛かる。大主教は老獪な笑みでそれらを眺め、額に汗をうっすらと浮かべる俺を楽しそうに一方的に見つめた。


―――勘弁してくれ。


「植物と理力を結び付ける豊富な知識の源泉は、聖典なのだろう?」


口調まで砕けている。絆される者がいるかも知れないが、ディオスの心拍数は低下していく。


「……そうです。その通りですが、父や祖父の教えでもあります」

「アクエレイルでなければ研究が続けられないような訳があるなら、私は同等以上の水準を用意したい」






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