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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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174 魚料理:やや厚めに切った真鱈と他人の香草焼(2)

立像のそばで立ち通していると、壁を見る事に飽きたレーヴェが並んで立った。気の抜けた顔越しに招待客を見定めていたのに、壁がなくなったことで死んでいた顔を取り繕わねばならなかった。丁度奥の一山でホルミスの羊商と織商が話し込んでおり、肝心なところで唇が読めなくなってしまったが隣の子供はそんなことは露知らず陽気に問いかけてくる。


「あれはどなたですか?」

「……どのことです」

「あちらの水色の腰帯の方々」

「新聞記者ですよ。腕に徽章をさげているでしょう」


星型の小さな装飾品を見つけられずレーヴェは顔を左右に動かし、最後には飛び跳ねた。叱責の言葉がでるまえに「この晩餐会が新聞に載るのですか」と感じ入った声で呟くので、皮肉を返そうか迷ったほどだった。

象徴的な目で招待客をまぶしそうに見つめて、虜になっているようだった。毒牙が抜かれるとはこのことか。怒るにも気力が必要だ。


「世を律する理を決めた場所で、それを決断した方々と共にしているのですね……とても光栄です。私もしっかりしなくてはという気になってきます」

「……これだけの人数で独占的に判断がなされている事に危機感を持つべきだと思いますけどね」

「……独占的?……そうか。そういう見方もあるんですね……」


見方―――つまり今、この子供に推し量られたことを意味していた。シャルルは息を止め、レーヴェを見た。雷が走ったような衝撃があった。

自分より低い位置にある頭は、鹿の皮膚のように滑らかで、照明の光を帯びた柔い髪は後ろに撫でつけられている。大人びた印象を受けるが、純真な横顔は牡鹿のようにも牝鹿のようにも見えた。性別が決まる前の無垢な曖昧さを抱いて、今にも柵を越えて野を駆けていきそうだった。


「シャルルさん?」


なんともない顔が上を向く。それが酷く苛立った。


「……誰からも可愛がられる才能を羨ましいと思っただけですよ。楽観で、さぞ生きやすいのでしょうね……」


こうした場でなければレーヴェを馬車に放り込み、今すぐに家に帰しただろう。

すぐに先程の商人たちの一行に顔を戻すも、首から目に掛けて視線が張りついている。無視していれば剥がれるかと思いきや、しつこいほどに離れない。


「なんなんですか」と、見もせずに吐き出すと隣から突拍子もない言葉がもたらされた。

「今から私はあそこにいらっしゃる凄い司祭です。いいですね、凄い司祭です」

「は? 気でも」

場に相応しくない罵倒がでかかる。レーヴェもさすがに気づいたようだった。

「そう思って聞いてください。私が質問しますから、シャルルさんは高名な司祭様を相手にしていると思って答えてください。ほら、私を他人だと思って。人に可愛がられる才能がある可愛くて仕方がない弟だとは思わずに」


どうして無駄な事を言ってしまったのだろう。言った手前否定できなかった。代わりに元から他人だという事だけは釘をさすと、唇を突き出された。


「もう可愛くないこと言うんですからっ」

「どっちが」

「ほら、いいですか」


咳払いをしてから、レーヴェは胸を張り、後ろ手に組んだ。司祭のふりをしているらしい。高慢な子供が生意気に顎をあげているようにしか見えない。


「ごきげんよう、国教の使徒シャルルよ。私は貴方が常に法律を厳格に守っていることを嬉しく思っています。バティストンの補佐として重要な役目を果たしてきたことも伝え聞いていますよ。貴方は自分の意見を述べて決断できる方ですね。だからこそお聞きしたい。教会へは余り顔を出さないのはなぜでしょうか」


声色まで変えている。挨拶をした司祭の一人を真似しているのだろう。

想像より具体性をもった作りこみが不快で顔をしかめていると、眉があがって、目を細めてくる。馬鹿にしているのかと思ったが、どうやら答えを促している顔らしい。鼻先を叩くべきか、撫でつけている髪を乱してやるべきか、足を踏み抜くか、様々な選択肢が浮かび、ぎっしりと詰まった頭は時を止めた。怒りが塞がった口からは何も出てこない。


躊躇っているとわかったのかレーヴェが優しく笑った。いつもの顔だった。眉を互い違いにして、長い事心の隅においやっていたものを拾いあげるように、首を傾げて。距離を置いていることに気づいても、泣くのではなく、責めるのでもなく、痛切に思うからこそ愛おしいのだという顔で笑った。

その顔を前にすると自分の柔肌のいちばん奥が疼くような気がしてこわくなると知っているのだろうか。


「……仕事が忙しいもので」

付き合ってやると、音が鳴りそうなくらい咲くように笑顔を見せた。声色が一段と明るくなる。後ろに飾られている大輪の花が似合っていた。

「幼い頃から従事しているとお聞きしました、お若い時は特に大変だったでしょう」

「……いえ、そうでもありません」

「仕事以外にはどんなご趣味をお持ちですか。舞台はお好きですか?」

「…………アイヴァンの戯曲は好きです」


何を真面目に答えているのか自分でもわからない。けれど言葉を重ねているうちに空しさと苛立ちが戻ってきた。瞼が引き攣ったのと同時にレーヴェが指を突き出した。仰け反って、虫を避けるように払うもレーヴェの笑顔は崩れない。


「それです! それが改善点です」






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