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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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159/413

159 白い言葉と、

「そしてこちらが、邸と付近の地図です。お嬢様のお部屋はこの位置にございます。まず立ち入ることのできる場所について、邸の周囲の園庭、厩舎と菜園、畔の小宮殿。以上の四か所でございます」

「そんなに許して下さったの」

「はい、しかし旦那様はこうもおっしゃられておりました。乗馬はしないこと。土に触れたい時は庭師を呼ぶこと、小宮殿より北へは行ってはならない」


外出を許可していただける嬉しさが勝っていて(目の前の彼を卒倒させたことも記憶に新しいので)戒めがあっても抵抗はなかった。この種の深刻な訓戒には必ず理由があるのだと、幼いながらにみんなの表情から読み取ることができていた。彼らからはやさしさ以外まったく漂っていないのだから、お返しの愛情は失うことはなかった。

執事の目は乾いていたけれど、きらきらと輝いてもいた。青い目に映るのは子供に対して口強しに告げなければならないという罪悪なのだろう。淡い光がつり照明に反射して留まり続けている。

大丈夫よ、わたしはいささかも打撃をうけていないの――そう伝わるように、真剣な顔で頷いて「続けて」とだけ言った。


「ありがとうございます……次に決して近づいてはならない場所について説明いたします。狩猟小屋、洗濯室、桟橋、湖、小宮殿より北部の森へ通じる小道は立ち入りを禁じさせていただきます」

「狩猟小屋? 何をするところなの?」

「狩猟小屋は、狩りに必要な道具の保管場所であり、旦那様やスベルディア様、トリアス様が仕留められた獣を処理する場所でもあります。通常施錠しておりますが、例外もございます。お嬢様がお触れになっては危ないものばかりが収められていますので」

「論じるまでもないわ。教えてくれてありがとう。近づかないと誓うわ」

「ご了承いただきありがとうございます。次にこちらの洗濯室ですが、我々使用人の仕事場ですので楽しいことなど一切ございません。こちらの訪問もお控えくださいませ」

「………洗濯のお手伝いに……いえ、そうね。わかったわ」

「邸前の車寄せ、桟橋にお近づきになる場合は事前に申し出ていただき、私共の中から二名以上を追加で同道くださいますようお願い致します」

「追加で……はい」


ここまで聞いていて、邸を余すところなく冒険していた日々のおかげで、邸全体を大きな遊戯室と思っている娘という認識をされている事に気づいた。車寄せで前後不覚になって遊んで馬車と接触したり、桟橋から落ちて溺れるという想定をされている。そこまで向こう見ずではないと言いかけてやめる程度には省みる部分が多い。


「お嬢様がお遊びいただけるのは邸の周囲の園庭、厩舎、菜園、湖畔の小宮殿、計四か所となります。以上で説明を終えますが、復唱は必要でしょうか」

「いいえ、不要よ。わかりやすい説明をしてくれてありがとう」


歓びはどこへやら。口を覆っていた手は膝の上に静かに戻っていた。彼の言葉の端々に優しさとそれよりもつらい痛みが窺えて、私は縮こまってしまった。自分の行いがこうも返ってくると、目に見える罰をくわえられるよりも心に重く圧し掛かる。

お父様にご挨拶に窺うと、執務の手を止め、言葉少なに頷いたお父様は何か言いかけておやめになった。


「こんな娘でごめんなさい、お父様……」


扉を閉める前にそう言うと、お父様の顔は歪み、さっと背を向けた。きっと駄目な娘に呆れていらっしゃるのだと廊下で小さく溜息をこぼす。それ以来、私はすっかり静かになった。村へ行こうと画策することもなく、馬車に潜りこむこともしなかった。勿論、侍女の服に着替えることもあれで最後。


それでも気に病むことは無い。邸の庭は節ごとに花が咲き乱れて美しかった。露台から眺めているだけではわからない花弁の柔らかい手触り、青い草の匂いを味わうことができた。畔の小宮殿で本を読んで過ごすことも増えた。時折湖の中に微かなこわばりを見つけて、水鳥を眺める。雪が降った日は外に出てもいいといわれ(外套をたくさん着込んだの、腕がほとんど動かせなかったけれど)みんなで雪遊びをした。そうした日々は心の道を豊かにする素敵な時間だった。私にとって大いなる喜びとして刻まれている。



それから数年。私はまた走っているけれどとうとう脱走する計画を立てたという訳ではない。お客様に気づかれぬように玄関を出て、邸の影に隠れて、五つの部屋を越える。芝生でしゃがみこむ。静寂。少し顔を出して庭に人の姿がないか確かめる。

邸の裏手を囲む庭は、領地全景の絵画のような風景とは異なって、人工的な生垣や花壇が規則的に並んでいる。丁度開花の時期を迎えた白と青の花が咲いている。その二色はロライン家を表す特別な色で、邸の装飾や、衣裳にもふんだんに用いられている。


尊敬する造園家でもある庭師の帽子頭が生垣の向こうに見えた。背を向けているからきっとそばを通り抜けても気づかない。庭の奥には目指している畔の小宮殿が見えている。丸い屋根の下にお兄様がいらっしゃると、二階の窓から確かめたのだ。

私は庭師の動きをちらと見ながら、円形の園路を進む。散策路は複数あるので、迷路のようでもあった。


「そんなに急いでどこへ行くつもりだ」


素早く道を渡る私の手が浚われる。






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