表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

152/412

152 雪の刑場と、

男達は巻紙を広げて語らっている。巻き戻らぬように置かれた四隅の石はびっしりと敷き詰められた文字と人体の絵図をみる観客のようだ。絵はとくに艶やかでもなく人体のみが描かれた簡素なものであったが、奇妙なことに体に複数の棒が張り付いている。片腕をあげる女の絵では、肩と胸をつないでいる棒が伸びている。ハリエットは思わず自分の乳房に触れた。胸の上を押す指は、均されていない何かに当たる。まるで棒のような何かに。


それらはまるで"体"という"衣服"を脱ぐと、絵のようにたくさんの棒が肌の下にあるのだというようだった。体を様々な方向から見て、全体であったり、細部であったり、とにかく緻密に描かれている。


文字は独立して整然と並ぶものから、走り書きのようなもの、絵を囲むようにびっしりと詰め込まれたものまで、色々なものがある。中にはみみずのようにつながった筆者の興奮、または苦難が筆に乗ったものもあった――これは塗りつぶされ、下に清書された文章が差しこまれている。墨の乾き具合で元の文字が辛うじて読める。

その他には文字を反転させた不思議なものもあった。鏡に写したような文字はひどく読みづらい。この走り書きを書いた人は、誰かに読ませるつもりは無かったのだろうか。言葉をなぞるハリエットの口はぼそぼそと動いた。


角の影が動くと別の巻紙が見えた。今度はむしろ逆で、骨だけを描いた絵図だった。形は保っているものの、皮や肉が無い。ハリエットは動物の骨しかはっきりと見たことが無かったが、大きな穴が二つ並んでいる骨を見て、人のものであると察することができた。絵の中の顔は真正面を見ているのに、決して目が合うことは無い。びっしりと細い線で描きこまれた影の中に誰の目があったのだろう。絵の横に"頭蓋骨"とある。女、眼球の解剖については他の巻紙を参照せよとも。


「聖典では、頭部の切断には鋳造した器具を使ったとある。またこれは実際に部分剖検をおこなった時の体験なのだが、頭蓋の骨を切断すると無色透明の液体が飛散する」


ハリエットはまじまじと男を見た。茶器を用意している彼女が背中で言った。


「髄液ね、覚えてしまったわ」

「髄液というものですね」と別の男がはっきりと言う。


明らかに彼女の声は届いていなかった。けれどそのような些事は問題ではないというように彼女は楽しそうに「ほら、当たっていたわ」と肩をほんの少しあげた。

青い花の意匠の入った茶器には紅茶がそそがれ、心地いい香りがする。男たちの間に上肢を差し入れ、股座と巻紙の間に茶器を置く。そしてまた立ち上がり、他の男の間に手を伸ばす。由緒あるお嬢様という気品が彼女にはある。その為、おのずと彼女が甲斐甲斐しく奉仕する構図に嫌悪が立ちのぼるのは早かった。大事なものが踏みにじられているような気がして、ハリエットは眉間に皺を寄せる。


「髄液、その通り。飛び散った液体の処理術は血液と同じだ。衣服や床、台にこぼれた場合、それらを焼却をする必要がある。貴殿の理力防壁のおかげで私達の顔には飛沫が飛ばないようにできるが、今後は理力を使用しない乾式法の取入れを積極的におこなわなければならないだろう」

「そういった応用を試みる段階に入るのですね。議題に書いておきましょう」


熱弁が一段落ついて、舌を巻いて呻った男は、あぐらのそばに置かれた茶器にやっと手を伸ばした。匙がからんからんと鳴り、光をすくうわけもなく放置される。余程喉が渇いているのか、一飲みで空になった。

そうする習わしなのか、彼女は勿論ほのぼのと笑っている。その眼差しは円座の男達をいっそ愛し子のように愛していると言っているようだった。誰一人彼女を見ず、与えられるままだというのに、彼女はむしろ喜んでいた。


「これは……なにを」

「この方々は医師なの。病や怪我を治すために研究をなさっているの。今は病の理を読み解くために、体を開いて検めることをしているわ。剖検(ぼうけん)というのですって。意義を定義して言葉にするのが上手でしょう?」

「"いし"……理術を使う教会の方ということですか…?」


聞きたかった答えではなかったが、男の口がまた開いたので、大声を言ったわけではないが傾聴してしまう。

ハリエットは男の顔を正しく眺めた。相手はふいに巻紙から顔をあげて、至極まじめな顔つきをした。眉間にほんの少し力が入っている。彼は、彼女の胸に短剣を突き刺した男だった。


「先の心臓への一突きは、実のところどういった作用により心臓が停止するに至ったか説明できる者はいるか」

「おそらく左肺動脈、大動脈、そして左心房に至ったと考察する」

「短剣の形状、長さ、傷口の小切開は絵に残しています。こちらを」

「見事」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ