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13 期待と、

アルルノフの提案はリーリートの予想の範疇を超えなかった。


彼が最善だと思い描いたものを要約すると、超過している業務が主たる阻害要因であり、それらを取り除くことによって不健全な生活を脱するということだった。

付随して、彼による日に三食の食事の提供、定期的な運動の義務化、血液検査の頻度を増やし、治癒理力に頼らない根本的な身体増強を図る。

業務面では彼女が担当している業務を今以上に細分化し、アルルノフや他の研究室、他業種に割り振る。そういった特別で、過剰で、ありふれた提案がまとめられていた。


料理をするのも運動の補助も、血液検査もアルルノフ自身が担当すると書かれていることからして、人員の具体的な割り振りまでは行われていないようだ。シャルルはアルルノフが頭の中でいかにも絞り出したように言葉を並べているが、実際この巻紙に綴られたすべては献身なのだと推し量る。


実行も容易なのだろう。この程度の事はアルルノフは片手間にやってのける。教授が了承さえすれば、と彼は思っている。今まさにリーリートの唇を読もうとしている真剣な顔に動機が貼りつき、目に見える。

しかしリーリート・ロラインを相手にしているということを真に捉えきれていない。


「私は好きで研究をしている。例え型通りの業務時間で退勤したとして、自宅で研究をするだろう。概して総計に変動はない」

「ご自宅でも研究をなさっているのですか」

「しないのか?」

「しません。器具が揃っていませんし、植物もありません。業務外は主に思考整理に費やしています」

「それは良いことだ。アルルノフ、思考整理をおこなう理由を教えてくれ」

「研究内容を精査し、誤りを防ぐためです」

「理力以外の事を考えることは」

「あります」

「例えば」

「料理です」

「料理が趣味なのか、初めて聞いた」

「趣味。いえ、そうであるかは解りかねます」

「君自身の事を測れないと?」


彼は視線を伏せた。舌を巻き、彷徨う瞳は己の中に何かを見つけようとしている。


「二秒以上黙るな」

「わ、私は…趣味とは繰り返し好む行為と認識しています。自炊をおこなって数節経っていますので、繰り返しおこなっていますが好んではおりません」


リーリートが何も言わないので、アルルノフは急いで言葉を繋いだ。


「思考と出力をおこなっています。これまで主食と副食を三十五回作成しました。鍋を焦がさなくなったことや指を切らなくなったことから技術は向上しているといえますが、味覚は数値化することが難しく、記録できません」


手順が短いものから始めて、今では下拵えが必要な料理にも挑戦している。

事前に肉に下味をつけて寝かせておく工程などは、粘菌の培養と極めて酷似していた。だから滞りなく進める事が出来た。


アルルノフの世界は数字で構築されている。好きか嫌いか、その二択で物を考えたことはない。曖昧さは排除され、再現性があること。それが何よりも望ましく、それさえあれば良かった。

けれど何度試しても料理には味のばらつきがあった。同じものが完成しないときがあり、それが経験の浅いせいなのか試作を繰り返した。何を食べても砂を噛んでいるようだが、医学的検査によると舌に障害はないと言われた。


「アルルノフ、料理、そして今回の提案に欠けているのは同じものだ」


両手で捧げ持っている巻紙に彼女の指が乗った。

リーリートはアルルノフを見たまま、さらにもう一度指をとんと置いた。用紙は破れない。捉まれているのはアルルノフの心臓なのだと気づき、彼はすばやく言い添えようとするがリーリートがそれを制した。


「研究には反証が必要不可欠だ。常に比較するには、多面的な視野も必要だ。君にはそれが欠けている」

「教授は業務削減に難色を示していました。私の主観から生じた提言は何度も棄却されていますので、今回新たな交渉材料として他者の意見を募りました。多面的な視野を含んでいるとはいえませんか」

「埒外だと言っている。私は確かに君の気遣いを何度も断っている。私を見ろ。ここにあるのは大層な肩書でも、ましてや貧弱な身体的器官でもない」


リーリートはそのまま体を斜めにして立ち上がる。アルルノフは気圧され椅子に押し付けられたが視線は逸らさなかった。


「脳髄だ。私という意識はここから生み出されるものだけに過ぎない。脳髄に価値があり、指令通りに我が身を捧げている。この地に生まれた万民のために生きる、その使命の為に。だが君は私個人を優先する余り、擯斥した枝葉を無視している。それもまた私の一部であるにも拘わらず」


リーリートは年下の研究員を見下ろす。


「さて、アルルノフ・ベル。私の代わりを務められる者が果たしているだろうか」






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