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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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118/415

118 姦しさと妖艶さと、

「やっぱりアクエレイルの方はとても長身で、身体が引き締まっていて、お尻なんて、とてもくらりと来るわ。知的で、子供に優しいのでしょ。素敵な家族を作れそうだわ。種族は何だったかしら、あの角からしてアクリス? もうひと方の浅黒い澄まし顔の方は角がないようだったけれどクサビかしら……ねぇ匂いがした? クサビは官能を誘う匂いがするっていうじゃない。ね、私達みたい」


しなる指が唇をなぞる。彼女を前にすると心をひるがえして遠くに逃げることが叶わなくなってしまう。男の人は特に。そんな魅力にあふれている背の高い友人たちの腕の中で、クリスティアナは谷間に挟まれながら、しかし首を左右に何度も傾げた。


「二人とも……さっきの衛兵さんの事を言っているのではなくって? ウリアルの三人組?」

「えぇ? あの人たちはイイお友達よ! そうだわ、その赤毛くんたち、お食事に誘ってくださったの。私たち三人、僕らも三人だから良いだろうって言っていたけれど、大方貴方を誘いたいのでしょうね。可愛いから勿論受けておいたわよ」

「なっ、え? えぇ今晩?」

「いいじゃないのクリス。どうせ今晩はお祝いで、衛兵も司祭様も助祭も私たちのような蓮っ葉もみんな一緒なのよ。どうしても貴方のお隣の席に座りたくて仕方がないって顔していたわ。思い出しても可笑しいわね。どうして奥手なウリアルってあんなに可愛らしいのかしら。あの角のくねりは弱気なところが表れてるのかしら。真っ直ぐな角を持つウリアルは情熱的なのか気になるわ。クリスティアナは好みじゃないでしょうから私がもらっちゃうけど、いいわね」


なんとなく先程かわされたであろう会話を察する。クリスティアナは頬を膨らませた。


「貴方またそうやって……ひどくしたらだめよ」

「角と心の研究よ。そのお礼に気持ちの拠り所になってあげるの」

「いつから研究だなんて建前言うようになったの」

「嘘じゃないわ。女に生まれた時から探求してるもの」

「ね、それよりアクエレイルのお方は? 広場で話していた先導者のお二人よ。恋人はいるの? いないの? いても、いける感じかしら」

「もう! 恋人がいるかなんて、初対面の方に訊けるわけないでしょう」

「じゃあ何を話していたの? 顔赤くしちゃって。私たちが後ろを通ったの気がつかなかったでしょう」

「そうよ、そうよ。腰をくねらせてとても可愛らしかったわ。一語一句教えなさい。私達の未来の旦那様になるかも知れないのよ」

「……だ、旦那様だなんて、気が早いんだから」

「先を見据えていると言ってちょうだい! いつまでも若くないのよ私達。あら、照れているの? 想像しちゃったかしら? どちらの殿方? 麦色の髪の方? 澄まし顔の彼かしら」

「違います! とにかく恋人がいるかなんて訊いてないわ。麦餅が美味しかったっておっしゃるから、お礼を言ってたのよ。それだけなんだから」


「だめねこの子ったら」友人は顔を引いて肩をすくめたが、でも可愛いから好きよと片目をぱちりと閉じる。

反対側では目をきらきらと輝かせた友が腕をぎゅっと胸に抱き、うっとりとした顔で天井を見上げた。

「私達の仕事を褒めてくれたのね、とっても嬉しい。こんなに朝早くから準備して、今節に入ってから毎朝毎朝麦餅焼いてばっかりなんだから、正直一番嬉しいことだわ。ふふ、見て、窯入れに鍛えられちゃった私の可哀想な腕」


袖をまくり、細腕を見せた友人は「見ててね。……んーっ!」と可愛らしい吐息を吐いてふんばった。すると白い腕に少しだけ線が入るのだ。男の人のように山にはならないが、細腕が堅くなるだけでも凄い。

愛おしさのあまりクリスティアナは眉を下げて頭を寄せる。指先で細腕をつつくと、白い歯を見せて笑い合った。


「ふふ、くすぐったい。力が抜けちゃう」

「かちかちしてる。ね、私も見て、こねこねで鍛えた腕よ」


クリスティアナも負けじと握り拳を顔に寄せる。左右から伸びてきた指がつんっと、優しく触れた。


「可愛い、可愛いわね」

「もちもちしてるわ、食べちゃいたい」

「だめ、人がいるわ」


身をよじらせる三人の視線の先に、長髪をかき分ける男が壁に背を預けて立っていた。無表情だった男は視線に気づくと、掴みどころのない笑顔を張り付け「どうぞ、続けてください」と言った。

壁に斜に落ちる陽光は彼を引き立たせるように控え目だ。長身痩躯という言葉が色気を抱いて立っている。友人たちは大騒ぎをした。


「神父様! お帰りになっていらしたのね。嬉しいわ。あぁ。毎朝貴方の名前が新聞に載っていないか確かめていたのだから、本当に逢えて嬉しいわ」

「あの日のことまだお忘れにならないのですね」

「勿論よ。あれほどのこと忘れられるはずないわ。北区のフェルディナンディスはまだ貴方をしつこく探しているわ。犯罪の関与を疑われて投獄されて、誰も助けてくれないと思っていた時に貴方だけが助けてくれた。危険を冒してもなお、手を差し伸べてくれた男のことを愛してしまったのよ」


熱い視線で見つめられながら、神父は柔らかな口調で「そうですか」と言った。それ以上でも以下でもない、単なる相槌だった。






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