117 女三人寄れば…と、
「馬車を確認致しました! アクエレイル三部隊目の到着です。三部隊目です! 行程表の通りですので、龍下がお乗りになっている儀装馬車はカタニア大橋を通過した頃かと存じます!」
声色に歓喜がにじみ出ている。言い切ってこちらを一心に見上げる顔には力が入り、顎がひくひくと震えている。カタニア大橋を越えたということは、ヴァンダールの支配圏に入ったという事だ。広間にいた複数が沸騰寸前に熱狂し始める。「龍下がいらっしゃる!」「あぁ、どうしましょう、ヴァンダールの土を踏み、ヴァンダールの海風が龍下のもとに……」「こうしては居られません。祈りましょう」「そうですね、ここで今すぐ」ざわつきをかき分け「お報せします!」今度は通り廊下から別の衛兵が駆け込んできた。
「カタニア丘陵にて龍下、最後のご休息を御取りになっていると早馬が参りました。休憩が終わり次第、真っすぐにいらっしゃるとのことです…!! しかも、我がヴァンダール特産の茶葉をお気に召して下さり、お代わりまで所望されたと、随行しているパリッシュ様がそれはもう涙ながらに語っていらしゃったと」
「なんと……なんということでしょう…」
どよめきが走る。いと知れぬ恵みに浴す彼らに、ジョエルは両手を広げた。
「歓喜に震える気持ちは良くわかります! わたくしも頭から爪先にいたるまですべて同じ気持ちですとも! 今すぐに大主教様の元にはせ参じ言祝ぎを舞いたい。ですがヴァンダール様よりアクエレイルの皆さんの接遇を任されたこと、今こそ思い出す時です。皆さん一人一人が気遣いができ、やさしさに溢れ、愛に満ち満ちていること、今日までよく証明してくださいました。貴方方なら最終日まで乗り切ると信じております。落ち着いて、ひとつひとつ丁寧にこなしていきましょう! 宿舎への移動、食事と娯楽の手配、そしてそれが終わったら私達もささやかながらお祝いしましょう。さぁ皆で大主教様の期待に応えようではありませんか!」
大広間であがった歓声は、クリスティアナの耳にも届いた。広間から重い編靴を履いた衛兵たちが驚くほど軽快に飛び出てくる。厨房に向かっていたクリスティアナはさっと壁際に体を寄せた。すれ違う彼らはにこりと微笑む。
「やぁクリスティアナ。元気かい」
「やぁ、さっき見かけたよ。頑張ってるね」
「ありがとう、貴方たちも元気そうね。お外?」
「そうだよ。いってくる」
二人はひらりと手を振り去るが、最後尾の青年が頬を掻いて立ち止まったままだ。廊下の奥で友人を待たせ、今度は眉を掻いている。クリスティアナは口を開けたり閉じたり繰り返す彼の前で小首をかしげた。
「どうなさったの?」
「あっ……、あのクリスティアナさん…さ、さっき君の友だちと夕食のことで話をしていたんだ。あの、その僕と………ぼ、……う、またあとで、あの、えっと、また! えへへ」
「え? うん。またね。お三人とも気をつけてね。いってらっしゃい」
赤毛の男たちを朗らかに手を振って見送る。生きていく実感に満ちた顔が廊下の端に消えるまでクリスティアナを振り返っていた。
広間から響いたのはまるで勝ち鬨のような声だった。かつて異国との戦争があった時、この街は誰の侵略にも屈せず、象徴たる灯台をともし続けたと祖父が話していた。勝ち鬨はその時、うねりを上げて街を包んだのだという。矛を持った腕を掲げたのだと話す祖父のそばに座り、話を聞くのが大好きだった。
廊下の奥では、衛兵たちが互いの拳を合わせてから持ち場に分かれていく。司祭や助祭の鼓舞する声も漏れ聞こえてくる。そのどれもが活気に溢れ、ヴァンダール人の人の良さが露呈しているようでクリスティアナは嬉しくてたまらなくなった。これまでシュナフやホルミスの教職者たちも接待をしていたが、アクエレイルともなればやはり力の入れようが違うというもの。今朝は誰も彼も龍下のことで頭がいっぱいだ。
それはクリスティアナも同じだった。幼い頃から絵本の中の登場人物のように感じていた人が自分の住む街まできてくれる。こんなにも胸が躍ることはない。
口元を緩めながら踊るように厨房に入ったクリスティアナは、すかさず左右に寄ってきた友人に腕を取られた。腰帯につけた鍵束がしゃらんと鳴った。
「クリスティアナ!」友人の顔にはいつものからかうような、少しだけ意地悪な笑みが浮かんでいる。クリスティアナはただいまと言った。
「ねぇ、殿方とお喋りしていたのを見ていたのよ。どう? 恋人はいるって言っていたかしら? それとも独り身? 教えて」
肩口にぐりぐりと頭を押し付けられ、クリスティアナは笑いながら顔を背ける。唇にあたる髪をつまんで避けて「もう、くすぐったいわ」と友の細い腰を抱く。反対側からも甘ったるい声が割り込んだ。
2024/12/26 誤字修正(誤クリスティナ → 正クリスティアナ)




