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リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


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116/416

116 歓喜の足音と、

アクエレイルとヴァンダールをつなぐ南北街道の始点であり終点である北門は、人や荷物を積んだ馬車が身動きが取れなくなるほどに狭小に作られている。市壁で囲まれた都市に入るには、限られた場所にある市門を通らなければならないが、極端に狭い門は防衛のためでもあり、来訪者から入市税を取るために管理棟を通らせる意図があった。


二つの尖塔を携えた管理棟が来訪者を見下ろしている。半円形の重厚な堡塁が両脇に付け加えられ、平時はそこから北門の出入りが監視される。真下の広場では荷物の検品や素性の確認などが入念におこなわれるが、同じことはアクエレイルの一行には実施されない。


石と煉瓦を混用した管理棟は貴賓用の応接間や、衛兵の詰め所、厨房など複数の部屋があり、市壁とも内階段で繋がっている。中ではヴァンダールの教職者たちが今節最大級の貴人の到着を前に、荷物の運び込み、宿泊場所の手配とその案内など、日常的な入市対応以上の難題にあたっていた。

これまで入出管理は衛兵の仕事であったが、龍下とアクエレイル各教区の司祭が相手となる為、常日頃厳格な規律をもって動く衛兵たちでさえ、大人しくなってしまう。彼らは教職者ではないが信徒であるため、生きる神に相対する気持ちになる。そこでヴァンダール大主教はアクエレイル一行に関するすべての接遇を中央区の司祭ジョエルに任命した。彼は誰からも好かれるが話の長いことで有名な司祭だった。


大広間の長机に市街の地図を広げ、鳥のように広い視点で愛する街を眺めていたジョエルは片眼鏡の紐を襟の中に押し込むと、机の上にあいた僅かな隙間にお気に入りの花柄の茶器を置いた。紅茶の香りを吸い込み、そのままぴしゃりと手を打った。なんとも気持ちのいい音がしたのは紅茶で気持ちが落ち着いたおかげだろうか。壁に貼りだされた来客名簿を見上げて、連絡用の理力石に指示を飛ばしていた数名の助祭が一斉に振り返った。


「トラヴェ地区の宿舎に60名、受け入れ完了しました!」

「リューベ地区には30名、いつでも受け入れ可能です!」

「養老院は、80名分の食事の準備が遅れています」

「旧市街15名、最終確認良し、との旨!」

「ジョエル司祭、養老院は最後に移動した方が良いかと存じます。その他は受け入れ準備整いましてございます」


ジョエルは地図上に置いたツゲの木で作った駒を手に取ると、北門から各宿舎の上に移動させた。駒には各地方の象徴たる紋様が彫られており、地図の上には既に色とりどりの駒が置かれている。国中の教職者がヴァンダールに集っているが、国と同じように分割するというわけにはいかない。しかしこうして視覚化することで情報の共有と重複を避けることができる。頭上に設置された理力石により、ヴァンダール大主教の元にも地図情報は投影されている。すべて大主教の発案だ。


「ありがとう。皆さん、ありがとう。問題なく滑り出したようで何よりです。養老院には落ち着いて準備を続けるように連絡してあげてください。対応数が多いのですから、気にしないようにね」


ジョエルは報告を独り言のように繰り返し、良い笑顔で噛みしめる。最初は少し手間取ったが、先頭集団が到着してから滞りなく宿舎に移動させることができている。これらはヴァンダール側の準備もさることながら、事前にアクエレイルから人員名簿を送付してもらえたことや、行列をいくつかの部隊に分けて到着させる気遣いによるところが大きい。そのおかげで混乱もなく、既にホルミスやシュナフの対応に割いている人員を呼び戻すことなく、少ない人員で対処ができている。


「報告です! ブルック門でシュナフとホルミスの客人が小競り合いを起こしていると衛兵から救援の要請がございました…! 教職者のため手出しができないので教会の助けを借りたいとのこと」

「なんと……龍下がいらっしゃる今日という日に不敬極まりないではありませんか………どなたか、マリエン司祭に言付けを。きっと水門の上で怠けているでしょうから、仕事をさせてあげましょう。逃げると思いますが、吸着の理力で首を掴まえるのですよ。引き寄せをお持ちの方か、または縄でもいいですよ。私がそうするようにしたのだと言えばあれはなんでも「あぁ」の一言で済ませますから、気にせず思いっきりお尻を叩いでくださいね」

「御言葉ですが司祭、マリエン様にそのような事をなされるのはジョエル様くらいです……」

「そんな事ありません。あれはただの図体の大きい怠け者ですよ。司祭という肩書きは何かの間違いだと思うくらいです」

「司祭! マリエン様が、悲しい事を言うなとおっしゃっていますよ!」

「あら、連絡つながっているのですか? 早く仕事に行くように言ってください!」

「ほ、報告です! 外で龍下を待っている観客が場所取りが原因で喧嘩を。怪我人も発生したとのことです」

「そこの衛兵、ベルさんとレイムさんでしたね。お二人、行ってくださいますか。治癒持ちも数名連れて行ってください。アディール、レレ、付いて行きなさい。もし双方わだかまりがあるようだったら場所を移動させるように。それでも納得しない場合は地下牢獄の空きは山ほどあると教えて差し上げなさい」

「はい、ジョエル様」


軽く頭を下げて広間を出ていく助祭を見送る。入れ替わるように螺旋階段を駆けおりてきた衛兵が司祭のそばに片膝をついた。その顔は紅潮し、肩で息をしている。






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