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115 馬上の男と下の女と、

馬上から眺めていると、巨大な蛇のように見える長い壁の前を少女が通り過ぎた。そのまま尖塔の中に姿を消し、またすぐに出てきた。先程まで腕に掛けていた籠はない。他の娘たちも、食事を準備したり、連絡役をしては忙しそうに広場を行き交っている。


「君! そう、そこのさっき麦餅くれたお嬢さん、ちょっといいかな」


手招くと、裾にひだ飾りのついた前掛けをつけた彼女が太陽のような笑顔で頷く。豊かな髪を頭の上で束ねているので、左右に揺らしながら駆け寄ってきてくれた。


彼女は馬のそばに寄ると、馬に「そばに近寄ってもいい? だいじょうぶ?」と小声で語り掛けた。愛馬の首を撫でながら「大丈夫だよ、な?」と覗きこむと、愛馬は前掻きをして応える。前脚で石畳を叩く仕草には色々な意味があるが、目を細めているところを見ると許可を出してくれたようだ。


「彼女すごく内気でね。でも君は特別だってさ。ゆっくり触ってあげて」そういうと彼女は飛び跳ねそうなくらい嬉しそうに「すごい、気持ちがわかるの!」と頬に手をあてながら驚くのだ。おいおい、太陽よりも輝くじゃないか。俺の頬も緩む。真横にいるのに一切会話に入ろうとしない男が「鼻の下」とかなんとか言ったが咳払いで相殺してやった。


「うわぁすごい……お馬さんってとっても温かいのね……あの、ごめんなさい、アクエレイルから長旅でお疲れでしょうに。すぐご案内しなければならないのに、こんなにお時間かかってしまって……」

「いや、まーったく大したことないからね。この人数で押しかけているんだから何事もゆっくりで構わないさ。それよりも後で、やっぱり別のところに変えてくれーとか、案内できないーとか言われるよりかは、今しっかり確認してもらう方がよっぽどいいよ。ねぇ、それより本当にうまい麦餅だったよ。君が作ったのかな」

「ありがとうございます、お優しい方。みんなでこねて、窯で焼きました。アクエレイルの料理は美味しいものが多いことで有名なので、お口に合うか心配していましたが、良かったです。とても嬉しい。あの、お尋ねしたいのですが、龍下さまはもうすぐいらっしゃるのですか?」

「えっとそうだなぁ……今の時間は、最後の小休憩を終えたところだから日暮れ頃ご到着されると思うよ。今見えてるのはまだまだ荷物持ちさ」


彼女は胸の前で両手を重ねると、思いの外大きな双丘が腕に持ち上げられて谷間を作った。前掛け越しでも大変主張する双丘の大きさに思わず「わぁ」と小さい感嘆が出る。

男の正直な視線に気づかず、彼女は純真無垢な瞳を伏せて頬を赤らめた。


「私たち特別な御方がいらっしゃるときいて楽しみにしているんです。その方も日暮れにご到着されますか」

「え、特別な方? 特別……んー」


龍下より望まれる方なんて居る訳がないが、女性が心を寄せる対象を推察するのは難しい。自分より良い男がいたかと一瞬考えて「いや、居ないだろ」と結論を出す。早業だ。ということは(女か?)と考える。女性は特に可愛らしいものに弱いのだ。


「もしかして御白さまのことかな」

「おしら、さま?」

「あぁえっと、真っ白い服を着た可愛らしいお嬢さまのことだよ。どう呼べばいいかわからないから、誰かが呼んでた愛称をいつの間にか呼びだしたのさ。ねぇ、ところで君の名前をおしえてよ」


ちょっとした世間話はこのくらい。あとは今夜の予定を聞いて、一緒に踊ったり、歌ったりしよう。そう誘うつもりだったが、尖塔から出てきた年配の女性がこちらに向かって手を振った。どうやら彼女を呼びたいらしく、視線に気づいて振り返った彼女が応える。


「クリス、クリスティアナ。交代の時間よ!」

「はぁい! ただいま! お話できて光栄でした。お二人にヴァンダールでの良き思い出ができますよう祈っております。どうぞお楽しみください。それでは」


下衣の裾をつまんで、可憐な礼をとった彼女は雛鳥のように、親鳥の元に去ってしまった。


「……実にかわいい」

「言うと思った」


間髪入れずに突き放す声に、友人を睨みつける。


「あーん? アクエレイルの女の子の方が可愛いとか言う気か? そりゃ行きつけのなんとかって店の看板娘がいいんだろうよお前は」


俺が知らないとでも思ったか。こそこそと通っているのを知って、切り札として黙っていたがここで切ることにする。想像通り、口を開けて驚いている。その顔が見られただけで気持ちがすっと和らいだ。早く愛馬の世話をしてやりたいなぁ、なんて別のことを考え始める。友人はめずらしく思考回路が混線していた。


「は?………は?? なんで知って、おい、やめろ。お前逢いに行ったり、変なことを吹きこんではないだろうな」

「はいはいはいはい、出た出た出た。付き合ってもない癖によぉ、独占欲の強い男なんて女々しいねえ」

「あ゛?! てめえ!」


物騒な声が広場に響いたところで、丁度目の前に上長が戻ってきた。


「何だか今とても汚い言葉が聴こえたような気がしましたが……気のせい、ですよね? ね? きっとね………………そうですね?」


彼はにこりと微笑みながら俺たちの顔を交互に見た。蛇と対面した蛙のように、身体がすくむ。俺達はどちらともなく「ご、ごめんなさい……」と言った。






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