表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/412

103 距離と月光と、

「お借りしても?」


小石を手中で転がすディオスの脳裏に敬愛している詩人の一節が浮かんだ。書簡集のなかで彼はこう書いている『敵と味方の間には必ず距離がある』


ディオスは長司祭との距離を決めあぐねていた。距離を詰めすぎて角付き合いをすることは避けたかった。局長の離職の件で感じた精神の死を、もう一度賜るにしても次は肉体の死のときのほかにない。

表むき彼は成功者で、片や実績の薄い若僧だ。龍下に認められる成果をあげたとしても、人生経験ばかりは種類に乏しく、器用に立ち位置を変えられない。


偽装した精神は結局あの愛鳥に看破され、人が保持しうるものはただ一種類であると教え込まれた。要するに、彼が笑顔の裏で局長更迭の責がこちらにあると考えている場合、一夜のうちに二度目の死を迎えるということだ。


「君の意見が聞きたい」


長司祭はそれ以上何の説明も付け加えない。ディオスは観念して皿にした手を顔に近づけ、もう一方の手で回転させたり、爪を擦り、硬度を確かめる。


「………模様のない青白い表面、白い斑点、典型的な法衣石ですね。小さいですが、磨けば装飾品としてそれなりの価値は出るかと……割れていなければですが」

「同じ見立てだ。残存理力はどうだろうか」


息を整える。手を軽く丸め、感覚を集中させる。一拍ののち、体内の理力だけが微動したのを感じ取る。


「……ありません。理力の移動は済んでいるものと考えられます」


理力石といっても、奇蹟をやすやすと信じさせるような煌びやかな宝石もあれば、道辺の石のように極めて質素なものもある。理力が注入できるか否かは術者と石の相性による、かつ容量もまた美しさに関連は無い。装飾的な美しさを有難がるのは本来の用途から離れた、見た目にこだわる者だけだ。

手許の小石は磨いて整えれば富者の懐に入りそうなものだが、今は天幕の内側にあると躓くおそれがあるからと片手でよそへ投げられるような小石に過ぎない。


「この石に封じられていた理力を使用したのは私だ。一昨日、繁殖期のグリーズに遭遇するという想定外の出来事に対し、総動員して治療にあたったが早々に理力が枯渇するだろうと予見できた。そこであれに緊急用に持参した理力石を持ってくるように頼んだ。これはその時に駆け寄ってきた侍者から手渡された。結果、帯が発現し、数多くの重傷者を治療することができた。今も身の内に理力を感じる。時と共に自分の物ではないものは霧散していくのだが、余程量が多いのだろう」

「……まさか、理力発動時に破裂したのですか?」

「そう思う。懐から取り出した時には割れていた」

「今も帯を?」

「出せると思う。もしかしたら君が渡してくれたのかと思ったが違うようだ」


ディオスは石を返しながら笑った。


「帯がでるほどの至宝でしたら自分で使っていますよ。医疾部から持ち出した石の一覧から当たれということですね」

「話が早くて助かる」

「少々質問を。手ずからお渡ししたという侍者の方はなんと」

「彼は一人でも多くの命を救おうと、あらゆる者・あらゆる天幕に声をかけ石をかき集めた。必死に足を動かしていたため脳は置き去りだったと何度も謝っていたよ」

「過剰な心痛は記憶力に悪影響を与えますので無理からぬことでしょう。しかしご存知の通り、資源管理も医疾部の教務の一環です。しかしこれには管理物につけられる所有印がありません。装飾品として見目の良い石ですから、もしかすると個人で所有していた石の可能性も考えられます。例えば女性…………長司祭」

「ん?」

「まさかとは思いますが、まさかですか?」


ディオスの頭の中で点と点がつながる。ポーレは何も言わず内腿の上で軽く重ねていた指先を持ち上げ、頬をとんと叩いた。雨だれは次第に笑みの乗る頬を意味深につつき始める。

先に表情を変えたのはディオスだったが、ポーレは破顔して、悪いと思っていながらもやめられなかったと詫びるように眉を下げた。ディオスが余りにも苦々しい顔をしたせいだ。


「先に謝ろう。すまない。君は面倒見がいいと詠隊でも評判なんだ。特にうちの若いのは慕っている。まるで古い友のような面白い話を聞かされた。しかし訊けば出逢ったばかりだというじゃないか」


顎で示された方を向くと、空き寝台のそばで布面を整えている男と目が合った。にかりと笑う少年。先程湿地で鉱物を見つけた少年だった。その他にも怪我人の世話をしながら小声で談話する者、汚れた器具に洗浄術をかけている者、桶にへばりついて吐き気を催している者、その背を擦っている者など、名前のわかる者ばかりだった。


面倒見がいいというより、理力がないから肉体しか犠牲にするものがないというように危険に顔から突っ込んでいくような無謀な者は放って置けないというだけだ。医療班もそうだ。他人ばかり気にかけて疲れ切っている背中を見ると、思わず肩を揉み、手をほぐしながら雑談に興じる。仕方がないのだ。上にいけば行くほど祈りと言葉だけで済ませようとするが、下も下で即物的な者が目立つのだから。


そういった理力欠落者を統制する役目の"長司祭"にそのような事を言われても皮肉でしかない。


(面倒見がいい筆頭だろうに……くそ、言祝ぎが遅れたなんてのも嘘だな。最初から俺に総当たりさせるつもりで)


ディオスは精一杯の笑みをたたえるが、結局引きつらせた。長司祭の横に立つ「あれ」と呼ばれた助祭が冷ややかな視線を寄越してくる。


ポーレは薄っすらと開いた口で「逃げようとするなよ」と言って、椅子に頭を委ねてしまった。


「性別問わず知り合いは多そうだ。おまけに顔もいい」

「まったく! 良く! ありません!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ