前編
女神『フォルメティア』。
いと尊き御身が弱き人に授けし、至高の神器。
御心のままに、世を進まん。
~名もなき詩人の歌~
◆
この世界において齢6を迎えた者は、総じて女神から神器―武器を授けられる。
それは、女神がその子にとって最も適していると判断し与える武器とされ、有史以来、それを以て様々な偉業を成し遂げた先人たちの元で世界は繁栄を遂げていた。
神器とは、剣・槍・弓・杖のいずれか。
――たまーに、『そうじゃない何か』だったりするが。
けれど、いずれも女神の思し召し。励むが良いぞ、子どもたち。
そんな風に言っていた村の長老の言葉は、事実だった。
「…………何だ、あの木の…、何?」
アルファルド大陸東方にある『リーズンバルト帝国』の最南端にある、小さな村『フェルド』。
そこにおいて、齢6つになる子どもへの神器付与の儀式は、年明けを祝う祭典において村の者が見守る中で行われる。
とはいえ、村の人口は30人程度なので毎年恒例ではないし、それこそ前回のそれは5年も前のことだ。それによってその子の村での役割も変わるので、村人にとっては重大イベントであるか。
儀式としては簡易的なものであり、女神像に対し齢6つの子が祈る。そうすれば、女神がその子に適した武器を授けてくれる。
それなので、彼―『カイン』という、この世界ではありふれた名を持ち、ありふれたことに苗字を持たないみなし子もまた、儀式に則って祈った。
そして今、その手には『神器』。
――『らしき何か』が、あった。
村人たちもざわめくし、村長兼神官でもあるファルド・フェルドも、ふむ、と微妙な顔で頷くのみだった。
それは、剣でも槍でも弓でも杖でもない。
しいて言うなれば、形状は弓に近い。が、大きさとしては片手で持てる程度のそれだ。弓のようにしなっているのではなく、むしろはっきりと折れ曲がっている。太さが一定ではなく、左右の端は細めで、中央は太いーというか、全体的に幅広だ。
剣や槍のように金属部分はなく、全て木製のようだ。かといって弓のように糸はなく、そもそも弓の場合は矢も備わるがそれはない。かといって杖とするには形状が折れ曲がり過ぎている。杖は真っすぐだし、個性が出ても先端部だけであるし、そしてそこには宝玉があるものだ。が、それは完全に全て木。
全部が木でできた、弓っぽい形の、けれど剣でも弓でも槍でも杖でもない、『何か』。
王都の神殿の公式宣言によれば、『女神の思し召しは正しくも、時に人の英知の及ばぬこともある』というカッコ良さげな、とはいえぶっちゃければ『神殿にだって分からないこともある! でもきっと女神様的に何かあるんだよ、たぶん』という、それ。
「『はずれ』じゃん」
稀にある、4種の神器のどれにも該当しない『武器なのかすら分からない何か』――『はずれ』。
この世界では、神器を元に身を立てるものであるし、そしてそれは相性でもあるからこそ、神器として剣を授かった者はどうあがいても弓持ちほど弓は使えない。そういう風にできている。
だからーー『はずれ』を授かった者は、『剣・槍・杖・弓』を『使えない』。
それは、『戦う力がない』ことと同意である。
モンスターと呼ばれる、獣を超える力を有する人外生物との戦いが日常的に必須となる世界においては、『生きる力』がないことと同じなのだ。
カイン・フェルドには親がない。
産みの両親は半年前に村を襲撃したモンスターの戦いで死んだ。そしてそれからは、村のみなしごがそうであるように、村長の元で育ってきた。
そして6歳になって神器を授かった後は、村の4部隊―それぞれの神器の適正者による部隊に所属し、そこの者たちの誰かが親代わりになって育てるということになっていた。
それなので、ハズレを引いたカインの今後をどうするのか、村の面々がざわめいている。
そんな自分の将来を左右する事態において、カインは手元の『それ』を見つめて、眉をひそめた。
「………いや、これ、『ブーメラン』じゃん」
『前世の記憶』を元に、1人こっそりと、ツッコんでいた。
◆
改めまして、自己紹介させて頂きます。
前世は日本住まいの社会人の男。
――以上。
いやだって、ぶっちゃけホント記憶なんざ断片的なんだよなぁ。たまに何か光景が浮かぶけど、空に何か鳥みたいなだけどどでかいモンが飛んでて…あ、飛行機っつーのね、とかそんな感じ。
割と、何か見たり聞いたりしたら、たまに稀に、ああこれって『アレ』みたいだなぁーー『アレ』って何だこの記憶、という。
だから、神器を授かった時も、それ。みんな何アレって騒いでるけど、いやこれブーメランじゃん、って思っただけである。
改めて手元のそれを見るにまんまブーメランだ。
思い出した記憶によって説明すれば、木製でくの字のそれ。ガチのブーメランというものは詳しい訳ではないが、アプリゲームでブーメランが出て来たことがある。動物相手に遠くから投げれば必ず命中して倒して戻って来るし、前方直線上に落ちてる木の実とかも回収するしと、便利だったなぁとは思っている。
実在武器としてそんな訳ないって程度には常識あるぞー、オレは。
(…ウサギ、発見)
こっち的には『ハットパット』とかいうモンスターではあるのだが、『狂暴でデカイウサギ』にしか見えない今は、心の中ではウサギ呼びしている。
森の中にある草原の一角。背の高い草の中からわずかに覗く両耳。
オレは、ブーメランを投じた。
――カインのターン。攻撃:ブーメラン。
ーーブーメランはウサギに当たった。ブーメランは戻った。
ーーウサギは倒れた。カインはウサギを手に入れた。
どっかのゲームっぽく言えば、それ。
そしてそんなことは、100発100中で実現できるし、相手がウサギでもイノシシでもトリでも、変わらない。2・3匹いても、視認できれば一挙に倒せる。
「………これで『ハズレだから村出ていけ』とか、訳が分からん」
でも『めちゃオコ』なので、コイツの性能は教えてやんない。
6歳の子どもがハズレ武器を引いて、見込みもないし村のお荷物にしからならないから、さっさと出ていけと。
まぁ、村も村というより何か集落めいたものだし、みなしごを養う余裕なんて余りないというのは分かる。
いやそれでも、女神様が授けて下さった何かを検証することもなく、ハズレだからを理由に不能扱いってどうなのよ。
「…ま、そう思えたのも、オレが6歳らしからぬ6歳だからだろうなぁ」
前世知識はどうあれ、思考力や判断力については成人並みの6歳だ。ただの6歳であれば嫌だいやだと喚いたり、それが村の判断ならと涙を堪えたりするかもだけどな。
なので『ムカツクからホントのことは黙っておこう』という判断になる。それなりに恩はあるが、恩以上にこき使われた記憶があるので正直帳消しで。両親のことはぼんやりとしか覚えてないし、誰もかれもがオレを無能扱いを言葉や態度で、時に明らかに時に密かに扱う中で、それまでの好意は吹き飛んだ。
村長の良心―というか、恨まれない為の工作めいてるーによって、さすがにすぐ出ていけとはならなかった。
ーーあれから6年。
オレは儀式のあった冬を明けて春になるや村に定期的に来ていた商隊の人に連れられ、それからは近くの都市にある教会兼孤児院に世話になっている。
ハズレを引いたみなし子なんてそんなモンだ。教会は女神の恩恵を否定できないし、押し付けるには持って来いである。
とはいえ、ハズレの子を引き取ってくれる教会というのも、そうそうない。統括する神殿からの配当金みたいなものはあっても、それだけで運営できるものではないしね。ただそれでも、熱心な信徒であり神殿仕えのシスターないし、あるいは一線を退いた老婆が、善行として成していたりというのがある。
オレが引き取られたのも、そんな教会だった。
「ユメルばあちゃん、ただいま! 今日も豊作だぜッ」
「まぁまぁ、お帰りなさい、カイン。いつもありがとうね。さ、お湯を用意してますから、綺麗にしてらっしゃい」
はぁい、と答えて、オレはばあちゃんー教会のシスターである『ユメル・クラメル』御年76歳が、井戸の側で組んだ水を溜めて火で沸かした湯桶にいそいそと向かう。因みに神器は杖だ。
教会に今いるのはユメルばあちゃんだけ。たまに他の神殿からお手伝いさんとか来るけど、基本は1人っきりでここで細々暮らしつつ、『ハズレ』持ちを引き取っているそうだ。
とはいえレア過ぎるから、オレが来た時も来てからも他にいない。だからか、オレが来た時は『にぎやかになりそうね』とにこにこと受け入れてくれたし、信頼できると判断して、オレはブーメラン無双の結果をいそいそ進呈している。
「今日は何作るんだ、ばあちゃん?」
さっぱりしてから、台所にいるばあちゃんの元へ向かう。
「ハットプットの香草焼きだよ。カインが大好物って料理さ」
「香草詰めんのメンドウなのに準備してくれたってこったろ? ありがとなー、ばあちゃん。スープはオレがふるまうぜ!」
「ありがとね、カイン」
これまで、叱られたり泣かれたり泣かせたり色々あったけど、ホントのばあちゃんみたいにあったかくって優しくて、何よりオレのハズレ武器を貶めずに受け入れてくれた唯一の人だ。
全部バラして好き放題して、教会の修繕とかばあちゃんに楽させたいけど、色々面倒になるだろうし大きくなってからにしなと諭されてるのでしない。確かに、と同意したので絶対に。
大きくなってから。
――それは、『ギルド加入可能年齢』であり、この世界での『成人年齢』である16歳になったら。
そしてオレは、1ヶ月前の年明けを経て、晴れて16歳になった。
そしてオレは、明日ギルドに加入する予定でいる。
(ギルド入って、クエストこなして報酬もらったら、初収入でばあちゃんに上手いメシ食わせてやる!)
そんな風に、想っていた。
そんな風に、なれると、想っていたのに。
◆
現実は、クソだ。
――ブーメラン? 4種の神器ではないのですか?
――大変お伝えし難いことではありますが、4種の神器無しにクエストをこなすのは、非常に困難かと…。
――商業ギルドか、そういった所へ所属することをお勧めさせて頂きますね。
慇懃無礼に憐れみながら、『用無しに加入資格なんざねぇよ』とばかりに、追い出されたのだ。
「やっぱりなー。ま、オレがハズレ武器持ちってのはレア過ぎて有名だしな。――さ、本命行くか!」
なのでオレは、いそいそと予定通り、『商業ギルド』へ向かった。
「おお、カイン。ようこそ、商業ギルドへ。登録だろ? 色々済ませてあるから、あとはサインな」
「はしょり過ぎじゃないスか、グノーおじさん。…まさかッ、この不遇なオレを騙そうと…!!?」
「自分でも思ってねぇことを言うなってーの」
ですよねー、と笑って、オレはここの商業ギルドの支店長である『グノー・ガウルス』御年52歳に案内されて、ギルド内にある応接室に入った。
「それで、やっぱり加入断られたか?」
「やんわりと、キッパリと。まぁ、だろうなぁとは思ってたから、予想通り過ぎて笑うわ」
「あそこは4種の神器無しにはキツイわな…。――そんで、お前さんは予定通り、ウチの専属猟師で良いんだな?」
「お願いします」
別に、お金を稼ぐなら商人でもできる。ただしオレがなるのは、オレの能力を知って『金になる!』と見てくれたグノーさんの店の専属猟師。つっても、ただ、自分で狩ったモンスターの素材なんかをココに売るだけだ。
ちなみに、グノーさんは村に来てくれてた商隊の隊長していた人で、当時オレと同じ年の孫ができたとかで気にかけてくれていた。ハズレ武器でも孫と同じ年の子にする仕打ちかと憤ってもくれていて、加えて教会のユミルばあさんとも知り合いだとかで、オレの能力を知る数少ない人だ。
実を言えばこれまでも、ブーメラン狩りで得た毛皮とか骨とか、グノーさんにこっそり納品してる。
「今の所、ウチとして依頼したのがコレな。納品できる時にしてくれりゃあ、相場で払う」
学はこれでもしっかりつけたので、依頼内容と報酬は適正。そういう点で信頼できるのは分かってる。加えて、オレの技術料を見越して上乗せしてくれているので、文句はない。
「リストにあるモン、今全部納品できるけど?」
なので、そうにやりと笑って言ってやった。
◆
商業ギルドにある、巨大冷蔵庫にて肉類納品。同じく、巨大倉庫にて、素材納品。
「――はい。問題ありません。状態はいずれも上。数も揃ってます」
「よし、納品クエスト完了だな。下で払ってもらえ」
「まいどあり〜♪」
すでに話をつけてくれていたようで、素材の確認担当者たちもにこやかに応じてくれる。大口顧客みたいなモンだしね。内心どうあれ利益のある奴にはそうであって欲しいものである。
「こんだけあれば、『初報酬でばあちゃんに良いメシ食わせる』って目標達成できるぜ。サンキューな」
「ああ。喜ばせてやんな」
にこにこ笑ってそう言ってくれるグノーおじさんは、そんで、オレのことを分かってないんだなぁ、これが。
「そん、コレはこんなハズレ神器持ちのオレをちゃんと商売相手にしてくれたグノーおじちゃんへ」
にっと笑って、オレは倉庫に十二分なスペースがあると確認した上で、とっておきの獲物を出す。
それに、おっちゃんはあんぐり口を開けて、素材鑑定人はこわごわ口を開く。
「これ…ッ、まさか、『フェリアルバード』!?」
「さっすが。あ、御礼なんで報酬不要。儲けはグノーおっちゃんのお好きにどうぞ」
フェリアルバード。
それは、討伐ギルドにおける上から難読2番目―熟練者が複数パーティ組んで狩るレベルの、高位モンスター。
素材についても、羽から何からとにかく使えるので、丸々1羽で日本円にして1000万で買い取ってくれるような超高級素材だ。
「おま…。おま、いつの間に狩ってやがったんだ…!?」
「いやぁ、どこまで狩れるモンかなぁって試したら、フツーに狩れちゃって。さすがに一撃は無理だったけど、距離とって何発かやったらこう…。――ブーメランってマジすげぇ」
「一番凄いのはお前だつーか無茶しやがってクソ坊主!!!」
怒鳴られてしまった。心配してくれてのものなので有難い以外ないけど。
「とにかくッ。こんなかさばるモン入れといても邪魔だし! おっちゃん後は好きにしてくれ。――んじゃ、オレは報酬貰って行くな」
押し付けるようにー贈るつもりで、だからこそ多少無茶もしたカインは、足早に出て行ってしまう。
「……いや、これ、ホント凄いですね…」
「ああ。…コイツを単独討伐なんざ、国単位でもいるかいないかってレベルだぞ。それを…」
ええ、と冷や汗を垂らしながら、担当者もそれを見上げる。
熟練者がパーティを組んでも、狩れるかどうかは五分という獲物だ。希少価値も高いからこそ値段もする。
それは、4種の神器持ちの――でも、だ。
「ブーメランって…、ハズレ神器って、実は超大当たりなんじゃあ…?」
「おそらくな。ただ、カインのように、それが『何』かを理解すれば、なんだろうよ」
それができないからただのハズレにしかならない。
それが、この世界の常識で、カインはそれをぶち壊している。
「………『例』の申し出、いかがされるおつもりですか?」
「カインに会わせるのが最善だろうよ。…もしかしたら、カインなら分かるかも知れんしな」
「救われると良いですね、あの子も」
「ああ」