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八話 ワインの味

 懐かしい声が聞こえる、一年聞くことの出来ていなかった声が。

「優輝どうした、急に泣きだして、急に抱きしめるな危ないだろ」

 アリーチェさんが目の前にいる、あの時助けられなかったアリーチェさんが目の前に。

「ごめん」

 助けられなかった事と、一年もの間、その現実を直視し無かった事に対しての謝罪の言葉が反射的に出てしまった。

「もしかして、戻ってきたのか?」

「うん」

「じゃあ、この後に私か優輝が死ぬのか」

「うん」

 この後に起きることを説明した。

 なんせ一年も前の記憶だ多少の齟齬はあっただろうが、大体起こる事を話した。

「どうする、とは言っても国が相手だ何をしたって変わらないだろう」

「何度でも繰り返して、答えをみつけるさ」

 もう逃げない、あの地獄みたいな一年を繰り返さないために。

 スマホから音が鳴る。メールの通知音だ、誰からのメールか確認すると、誠からだった。

 書いてあることが理解しがたいものだった。

 だがその事が本当なのだとしたら悲報ではなく朗報だ。

「どうした優輝」

「誠、友達からメールが来た」

「メールか、確か遠隔で飛ばせる手紙のような物か、内容は?」

「日本が僕らの捜索をやめるって」

「どうして?」

「僕らを協力者と定めたらしい」

「一応聞いておくが、前の世界というか時間軸ではこうはなっていないよな」

「さっき話したのが全てだよ」

「なら、前の時間軸の事を知っている者が日本の相当位が高いところに居ると考えて良さそうだな」

 日本は敵ではなくなったが、世界がどう動くか、類は友を呼ぶとはよく言ったもので日本の周りはやばそうな国ばかりで、いつ攻めてきてもおかしく無い。

「優輝、帰ろう家に」

「うん」

 十分程度で家には着いた。鍵を開け、扉を開き言う。

「ただいま」

「お邪魔します」

「おかえり、二人とも、アリーチェちゃんただいまでも良いんだよ」

 一拍程度空いた後アリーチェさんは言った。

「ただいま」

「おかえり、いまご飯の用意してるから、適当に待ってて」

「分かった」

 お母さんは言う事を言ってリビングに戻っていった。

「どうする?」

 そうアリーチェさんに問われた、今やるべきことはきっと現状の整理が一番だ。

「いったん今の状況とこれから起こるであろうことを整理しておきたい」

「どこでする?」

 リビングでこんな話をしてはお母さんに心配をかけるだけだ、そうなると二択しかないだろう。

「僕の部屋か、アリーチェさんの部屋じゃないかな」

「じゃあ、優輝の部屋かな、入ったことないし」

「じゃあ、こっち」

 アリーチェさんを自室に案内する。

「綺麗と言うより」

 途中で言葉を打ち止めにされた。

「やっぱり何もない、忘れてくれ」

 何か思うことがあるのだろうが、言いたくない事か、言うべきじゃないと思ったのかな。

 勉強机の椅子を出してそれに座ってもらう。

「今の状況は、チェックメイトとは言わないがチェックはされていると言った感じか」

「僕は中国とアメリカの戦争から始まると思うけど、アリーチェさんはどう思う?」

「まあ、そうなるわな、中国はアメリカを倒したいだろうし逆もしかり、両国が今この異常状況を利用するだろう」

「アリーチェさんはどういう扱いになると思う?」

 日本では化物と恐れられた、正確には日本国民は化物と恐れただ、政府はどう考えたかはわからない、殺処分ではなく捕獲をしようとした訳だ、何か意図があるだろう。

「考えたくないが、軍事利用だろう、人間と殆ど見た目が変わらない化物、再現出来るかもしれないと考えてもおかしくない、もしも再現可能だった場合、人間よりも圧倒的に強い化物の軍隊が生まれる訳だ、そう考えれば私が国から狙われるのは必然だとさえ思える」

 新技術が発見されたならば各国は開発競争をすることになるだろう、実際宇宙開発競争がアメリカとソ連の間で起こったようにその分野で一番を取り相手より優位に立つために争いが起こる、今回だとアリーチェさんという存在は開発競争の要だろう、アリーチェさんを取ったほうが勝つだろう。

「新兵器か」

「ああ、この日本がやられても吸血鬼の力を求めて争いは続くだろう」

「どうしようもないんじゃ」

「私を死んだことにする」

 それなら戦争は止まるな、研究するためのものがなくなる訳だ。

「じゃあそれでやってみよう」

「どうその情報を流す?」

 こんな時何処に情報を流すといいのだろう、国か、いやネットの方が世界に情報が回るだろう。

 でも一つ欠点、いや致命的な事を見逃していた、欠点どころではない、このアリーチェさんを死んだことにするという作戦を根本から出来ないと断定するに十分な事を見逃していた、アリーチェさんが死んだところで死体を求め世界は争いを始めるだろう。

「アリーチェさんを殺したことにしても、死体を求め攻めてくると思う」

「そうだな、うんそうなるな、死体の事忘れてたよ」

 希望の光は消え失せた。

「とりあえず今よりもひどい状況になっても戻ってこられるようにセーブしておくべきだ、それと一応私も戻れるようにしておこう」

 それ以降何も案が出ないそんな時間が数分続いた時、扉を叩く音が聞こえる。

「入っても大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

 扉が開きお母さんが入ってくる。

「料理出来たよ」

「うん」

 三人でリビングに行く。

 リビングに行くとすでに料理が並べられていた。

「千尋さん、食べる前に一つ良いですか?」

「どうしたの、急に改まって」

「優輝を私にください」

 そう言えば二人は結婚に合意だったが、お母さんはどういうか聞いていなかったな。

 前に言っていたことを考えると断ることは無いだろう。

「優輝は結婚したい?」

 答えは決まっている。

「うん」

「なら、良いよ、結婚だのなんだのは家族である第三者が決めるべきじゃない、本人が決めるべきだよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ご飯食べよっか」

 お母さんは気になっている筈だアリーチェさんが何者か、それでも聞いてこなかった。

「アリーチェちゃんは誕生日って何月何日なの?」

「誕生日、ですか」

 そう言えば僕も知らなかった、今まで誕生日の話なんてしてこなかったから聞く機会も無かった。


「答えにくいなら、答えなくてもいいよ」 

 私の誕生日か答えにくい訳ではない、答えたいが答えれない、私は私の誕生日を知らない。

やはり言うべきか、私が吸血鬼で千尋さんよりもずっと年を取っていることを、でもそれを言ってしまえば、義母と義娘という関係は終わる気がする。年上の娘なんて者は受け入れがたい者だろう、でも私を認めてくれた優輝の母親なら。

「いいえ誕生日が分からないんです、千尋さ、いえ、お義母さん私は吸血鬼でいま千五百歳くらいになります、そして人と関わらなかった時期があってその期間中に誕生日を忘れました」

 数秒沈黙が生まれたが、お義母さんが言葉を発した。

「なら、今日を結婚記念日兼アリーチェちゃんの誕生日にしよう」

 親子は似るものだな、お義母さんも私を受け入れてくれた、この人の義娘に成れたのは幸せだ。

「ありがとうございます」

「家族なんだから当たり前でしょ」

 三人でありふれた家族の様に食事をした。

「ちょっと待ってて」

 お義母さんが食器を洗面台に持っていく。

 慎重な足取りで戻ってきたお義母さんの手の上には、ケーキが乗っていた。

「ほら、二人が戻ってくると思ったから買ってきたけど、まさか誕生日ケーキ兼ウエディングケーキになるとは思わなかったよ」

 苺しか乗っていない、ただの贅沢なスイーツの予定だったのは見ればわかる。

「優輝、包丁と食器持ってきて」

 優輝が台所に行き、すぐに戻ってきた。

「ほら、テレビなりネットなりで見た事あるでしょ、ケーキ入刀ってやつ、やったら?それっぽい事しておいた方がいいんじゃない?」

 ケーキ入刀とは聞いたこと無いな、話を聞く限り結婚式でやる事か、言葉をそのまま解釈するならケーキを切るとなるが。

「アリーチェさん、ケーキ入刀は分かる?」

「すまんな、初めて聞いた」

 生活に支障のない程度には知識を入れているが、結婚なんて想定していなかったからそこら辺の知識は疎い。

「男性が右側、女性が左側に立って二人でケーキを切る」

 ケーキを前に左側に立つ、隣には優輝が居る。

 二人で包丁を持ちケーキを切るとパチパチと拍手が聞こえた。

「おめでとう」

 お義母さんがこちらに歩いてくると急に抱きしめられる。

「二人が無事でよかった」

 若干嗚咽混じりにお義母さんはそう言って泣き始めた。

「本当に良かった」

 こう言ってくれるのはうれしいが、単純には喜べなかった、この後私は死ぬだろう、優輝が過去に戻ったとしても、私が生き返る訳ではない、死への恐怖はある、無かったらとっくの昔に自殺している、でも優輝には死んでほしくない、私に選ぶことは出来ないだろう、このままズルズルと生きるために殺して助けに行くことを選ばず、生かすためではなく選ばないことで死んでそして助けられるのだろう。


 お母さんとアリーチェさんと僕の三人で過ごした時間は幸せだった、今の状況を忘れさせてくれるほどに。

「じゃあ、私はお先に寝るね」

 お母さんが寝室に行き、リビングには二人きりになった。

 僕はジュースを、アリーチェさんはワインを飲んで話に花を咲かせていた。

「ワインっておいしいの?」

 勿論未成年の僕はワインを含む酒を飲んだことは無かった、故の疑問だった、どんな味がするのだろうか、想像することすら難しい。

「美味しいよ、飲んでみる?」

 断るべきだろう、違法なのだから、でも好奇心が勝った、好きな人が飲んでいる飲み物がどんなものなのか、それと酔っぱらったときどんな感じなのかの好奇心が勝ってしまった。

「うん」

「じゃあ、新しいワイングラス持ってきて」

 台所からワイングラスを持ってくる。

「持ってきたよ」

 目の前に置いたグラスにアリーチェさんがワインを注いだ。

「ありがとう」

「じゃあ、召し上がれ」

 グラスに口を付け、ワインを口内に入れる。

 アルコール特有の味だろうか、正直美味しくない、ぶどうジュースがに変な味が混ざっている様な感じだ。

「どうだった?」

「そんなに、好きな味じゃない」

「まあ、酒なんてそんなもんだよ、どうする?、残りは私が飲もうか?」

 好きな人が注いでくれたんだ、最後まで飲むべきだ。

「大丈夫、全部飲んでみる」

 グラスに入っているワインを一気に喉に流し込む。

 プラシーボ効果か本当に酔ったか分からないが、思考力が落ちているのが感じ取れる。

 寝る寸前の状態に近い気持ちよさがある。

「優輝、ワインはもう無くなったが、寝るか?」

「まだ寝たくない」

「じゃあ、夫婦らしい事でもするか、そういえばキスしてなかったよな?」

 僕のファーストキスはまだ残っている筈だ。

「僕はファーストキスすらまだです」

「じゃあ、私が貰っても良いか?」

「勿論」

 身体を引き寄せられ口元に柔らかい感覚が伝わってくる。

 今僕は幸せだろう、でもこの時間も今にも崩れそうになっている、いや崩れている途中だろう、それでも崩れたのを組み立てなおすなら出来るはずだ、組み立てなおすには何をしたらいいか分からないが、何度繰り返したとしても。

 口から柔らかい感覚が離れる。

「優輝どうだったかな」

「心地よかった」

「なら良かった、私も優輝のファーストキス貰えて嬉しいぞ、もう一つ聞いておきたいんだけど、優輝って童貞だよね?」

「うん」

「じゃあ、貰っても良いかな」

「うん」

「なら、優輝の部屋に行こう」


 目が覚める。

 ワインを飲んだ辺りから記憶がない。

 隣にアリーチェさんが居るのは良いのだが、何故裸なのか。どうしても思い出せないな。

「優輝起きたか、昨日は気持ちよかったぞ」

 本当に何があった。

「その反応を見るに、酒で記憶が飛んでるな、まあいい、昨日は酔っていたわけだしな、教えてあげる童貞は頂いた」

 理解するのに対して時間は掛からなかった。

 中学生にして卒業したわけだ、なんだか複雑な気持ちだな、確かにうれしい気持ちはある、でも恥ずかしさもあった。

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