五話 化け物
あれから何をするでもなく三日経ってしまった、あの未来人は一週間以内に第三次世界大戦は起こると言っていた、きっと本当なのだろう、そして第三次世界大戦の火蓋はもうすぐ切られる、ならそれまでの少しの時間を楽しみたいと思った。
「今日は水族館にでも行かない?」
「お金が無いな」
「お小遣いがある」
あの時貰った三万円を返し忘れていたから持ている、まあ使っても多分許されるだろう。
「良いのか?」
「うん」
「なら甘やかせて貰おうかな」
準備にはさほど時間が掛からなかった。
「じゃあ行こうか」
「うん」
家から交通機関を使い、二十分の所に水族館はある。
「水族館か、私たちが出会ったのが海だから初のデートとしては良いな、何より魚は意外と好きだ」
「僕は生き物は大体好きかな、ただ昆虫は無理」
「昆虫も良いと思うがね私は」
虫はたとえどれだけ美しく彩られた羽を持った蝶々でも無理だ。
「アリーチェさんは何の魚が好き?」
「そう言われると困るな、この魚が好きとかは無いのかも」
「僕はマンボウとかかな、最弱の生物扱いされてるとことか、かわいそうで」
「弱い方で話を盛られているのか、可愛そうだな」
「お前ら危ないぞ!速くそこを退け!」
急に叫ばれた、周りを見ると全員同じ方向に視線を持っていかれていた、その視線の先にあったのは車だった、電気自動車だからかエンジン音は聞こえなかった、だから気付きにくかったのだろう、その車はそれが運命と言わんばかりに僕ら目掛けて向かってくる。
速度は法定速度を圧倒していた、状況が分かった時人間ならば既に手遅れ。
だが僕を守ってくれたのは人間ではなかった。
「優輝!」
車の逆方向に投げ飛ばされた。その後、轟音と共に車が止まった。人の目では、脳では、常識では、何が起きたか理解に五秒程度脳をフル回転させる必要があった。
何秒の沈黙が続いたのだろうか、だが唐突に沈黙は終わった。
次に聞こえたのは悲鳴だった。
「化け物だ!」
そう聞こえたとたんに周りから人は居なくなった。
そこにいるのは僕とアリーチェさんと車に乗っている人だけだった。
「優輝お前は家に帰れ、そしてこの一周間の事は忘れろ」
言い返したかったが何も言い返せなかった、その言葉が僕を守る為の言葉というのが直ぐわかるから、僕が安全である為にその言葉を発しているから。
アリーチェさんはありがとうと言い残した後直ぐに何処かに飛んで行った。いやどこかじゃなくきっと家だ、アリーチェさんの家に帰って行った。
やれる事は何も無いので家に帰った、何をしたら良いか分からない、友達に相談してみようと僕の唯一の友達、誠に電話を掛ける。
「もしもし」
「優輝どうした?珍しいな電話なんて」
今までに起きた事を全て話した、そして何をすべきか聞いた。
「馬鹿だなお前、彼女が困ってるんだろ、やる事は一つじゃねえか、彼女のそばにいてやれよ、どんなに役に立たない無能でもそいつが好きならそばにいてくれるだけで十分だよ、それはお前も分かってるんだろ、第三次世界対戦が来ると分かった時怖かったんだろ、でも立ち直れたその時近くに好きな人がいたおかげだろう」
「でも」
「お前そんな弱い奴だったのか、そんな小さい人間だったのか、そうとは思わなかったよ、彼女の命か彼女の言葉どっちが大切だ?はっきり言うが、彼女一人守りに行かないような最低な奴とは友達にはなりたくないね、今から一秒待ってやる、それまでに決めなかったら縁を切る」
「ありがとう、持つべき物は友だな」
「友達一人しかいないお前が何言ってるんだ?まあいいこんな駄弁ってる時間は無いだろう速く行ってこい、そして二人で戻ってきてお前の彼女を紹介してくれ」
本当に良い友人を持っていた事に初めて気付いた。
「じゃあ行ってくる、絶対に待ってて」
「ああ、またな」
覚悟は出来た、何度死ぬか分からないが、その覚悟は出来た。
電話を切った後直ぐに家から出て、アリーチェさんが住んでいた家に自転車を乗って駆け抜ける。
通知音がなったがお構いなしに漕ぎつ続けた。
車どころか人も視界に入らなかった、信号も車が通らない以上、守らなくても安全だった。信号を無視して全力疾走だったからか思ったよりも速く着いた。
家に勝手に入り寝室の扉の前まで来た、その時部屋からすすり泣いているのが聞こえた。
入るか躊躇してしまう、だが躊躇しても意味はない。
ドアを開け部屋に入る。
ドアが急に開き人が入ってくる、優輝だった。
「何で」
反射的に言葉が漏れる。
「アリーチェさんを助けるため」
個人がどうにか出来る範疇を超えている、だから突き放した、この件に関わらぬように。
「無理だ、国を相手に個人がどうにかするなぞ」
「確率が何万分の一なら、何万回でも繰り返す」
何度繰り返しても無理だ、そもそも何度も繰り返す事が無理だ。
「人には心があるんだ、理屈で分かっていても心はすり減りいずれ折れる」
これ以上甘やかされたらきっと私は駄目になる、優輝と一緒に過ごすことを選んでしまう。
「それでも、何度だって繰り返す」
ああなんでこんなにも私が行ってほしい言葉を言ってくれるのだろうか、速く突き放さねば、優輝を突き放して一人にならないと。
「何度も死ぬかもしれないぞ」
「覚悟はした」
「私が何を言っても折れる気は無いのか?」
答えは分かってる。
「うん」
ならば言うしかない、どれだけ優輝が傷ついても、私が傷ついても、優輝の覚悟を折る為に、言いたくないが仕方ない優輝の為だ。
「分かった、なら言ってやる、私はお前が嫌いだ、私は思い通りにならないお前が嫌いだ、実際好きなのは前世のお前だ、今のお前なんて見てなかった」
自分の胸が痛む、本当はそばにいてほしいが、優輝の為。
「でも僕は君が好きだ」
もう引き下がって欲しいじゃないと我慢が出来ない。
「何度繰り返しても君を救う」
そう言いながら優輝は近づいてくる、私の負けだ。
「私の負けだ、さっきのは全部嘘だ」
「良かった、本当に嫌われたかと思った。これからどうする?」
「優輝の親に伝えないと」
「電話が良いんじゃないかな」
電話、此処から動くと居場所を晒す事になりかねない。
「下手に動くよりはそのほうが良いな」
優輝が母親に電話を掛ける。
「もしもし」
「優輝、状況を説明してもらおうかしら」
優輝が説明を始める。
「大体分かった、今テレビで緊急閣議が生中継されているけど、話を聞く限り、ここら辺の地域は必要最低限の外出に控える様に呼びかけるのと、自衛隊を出してアリーチェちゃんを捕獲、出来ないならば殺すって、二人とも絶対に帰ってきてね、その時はまた三人で食卓を囲もう」
「うん」
「じゃあ家で待ってるから」
電話が切れた様だ。
「どうだって?」
「僕たちが帰るのを家で待ってるって」
優輝のお母さんは私を家族だと思ってくれているのだろう、だからあの時行ってらっしゃいと言ってくれた、今も優輝だけじゃなく私も帰るのを待つと、なら本当に家族になってしまえば良いのではないのか、いつ終わりが来るか分からないが、確かに終わりに近づいているこんな状況、だからこそ今するべきだ、しないで後悔するか、して後悔しないかの選択なら勿論、後者を取る。
「優輝、結婚してください」
アリーチェさんはまっすぐ僕を見て言ってきた、冗談とかではなく本気だ。
「急に何で」
「今しなければ、このギリギリの状況がいつ終わるか分からないから」
今しか出来ないか、これから何度死んででも助ける最愛の人、結婚しない方がおかしい。
「こんな僕で良いなら」
「そんな君が良いからだよ、そんなに卑下するな、好きな人でも自分以外の人の為に命を掛けて助けに行けるのは本当に凄い事だよ」
生まれてから十五年三カ月で僕は結婚をした。
結婚したからか、なんだか小恥ずかしいが確かに幸福な時間だった。