四話 未来
起きたら目の前にアリーチェさんの顔があった、直ぐに離れようと思ったが体が動かない、どういう状況か分からないが時間が経つにつれ思考が纏まってきた、もう付き合っているのだから恥ずかしがる意味も無ければ離れないと行けない理由も無い。
動けないなら動けない状態を楽しもう。
アリーチェさんから良い匂いがしたり、柔らかい胸が体に当たっていたり、幸福な時間だった。
何分経ったか分からないが幸福な時を堪能しているとアリーチェさんが目を覚ました。
「優輝おはよう」
「おはよう」
「今何時だ?」
体は動かせないので確認のしようが無かった。
「分からない」
「すまん、私が抱きしめていたから身動き出来なかったのか」
「いや、ありがとうと言いたいくらい」
アリーチェさんがカーテンを開けると、美しい晴天の夜空が広がっていた。
「どうする?」
これからどうするか、少なくとももっとアリーチェさんの近くで過ごしたい、そうおもうのは自然なことだ。
「今日はアリーチェさんの家に泊まりたい」
「なら私が今から飛んで行って優輝のお母さんに伝えてくるよ」
「僕も連れてって」
付き合えたのは僕から伝えるべきだろう、理屈は無いがそんな気がする。
「高いところは好きか?」
本当は怖いがまあアリーチェさんなら大丈夫だろう、何かあってもきっと助けてくれる、根拠なんてないが、きっと助けてくれる。
「一回空を飛びたいと思ってた」
「じゃあ、一緒に行くか」
「うん」
アリーチェさんは足に左足を回して、右手は腰当たりに回してきた。
「なにを」
咄嗟に出た声だった、持ち上げられた後お姫様抱っこの状態になった。
「行くぞ」
此処で持ち上げられた理由、それを考える暇も無く。
「夜風は気持ちいな」
開いていた窓から飛び出しそのまま空を飛んだ、一回飛んでみたかったとは言ったが、確かに嘘ではない、だが高いところは苦手だ。
「しっかり捕まって居てね、落ちたら助からない訳じゃないが骨折はするだろう、無傷で助けれる様な余裕は無いからな、勿論私も気を付ける」
「がんばる」
がんばるのは落ちない様にではなく、泣き顔を好きな人に見せない様にだがな。
速度は相当速く、結構な重圧がかかる、今まで乗ったことのある乗り物とは比較にならない位だ。
「やはり綺麗だな、星というのは、いつもずっと、優輝は好きか?」
「うん」
小学生の頃小学校の図書室で星の図鑑を一度借りた事がある、その程度には好きだ。
「好きか、好みが合うのは良い事だなもうすぐ着くぞ」
「時速何キロ位出てるの?」
「今だと百二十位かな」
法定速度は確か六十だから、そこら辺を走る車の二倍程度か。
人の居ない道に降り立った。
今気付いたが靴を履いてきていない、汚れるだけでさほど問題ではない。
「やあ優輝、アリーチェさん」
確かに人が居なかった、なのに後ろから話しかけられる。
「誰だ、私の名前を知る人は一人だけしかいない筈だ」
「私が誰かなんてのはどうでもいい」
フードと仮面を被っており、ボイスチェンジャーも使っていて、がたいもどっちとも取れないような体系なので男女どちらかの情報すらも分からない。
「だが一応言っておく未来人だ」
相手が未来人なら当然未来の事を聞いてみたいと思う、だれだってそうだろう、僕もそうだ。
「未来人か、第三次世界大戦はいつ起きる?」
「何処を始まりとするかによるが、一週間以内」
何言ってるんだこいつは、そんな事あり得ないだろうに。
「そんな事あり得ないか、あり得ない存在を恋人にしているのに」
心を読まれたのか、それともあてずっぽうか。
僕に対しあり得ない存在を彼女にしているとこいつは確かに言った、少なくともアリーチェさんが人間じゃないことを知ってるのか。
「本題に入るが君らには第三次世界大戦を防いでほしい」
「無理だろ、一個人としての影響力なんてたかがしれている」
「第三次世界大戦はアリーチェさん、君が原因だ、だから君らなら防げる筈だ」
「タイムパラドックスはどうなる?」
「そんな概念は無かった、世界の全てを観測出来ると思うな、私たちはある理論を見つけてしまった詳しい事を言ったとて到底理解し難いだろう、高次元に関する理論とだけは伝えよう」
未来人を自称する者は続けて言った。
「これを使え君らの創作物によくあるタイムリープマシンだ」
黒色の五百円程度大きさをしたの立方体を渡される。
「タイムリープマシンだが戻りたい時間に戻れる訳じゃない、ゲームで言うセーブ&ロードが一番近いかな、以後セーブ、ロードと言わせてもらうよ、魂をメールの様に送受信する装置で、一番最近の受信先に魂が送られる、肝心なセーブ方法とロード方法だが、一辺だけ押し込めるのがあるだろう、そこを押し込むだけだそしてロード方法は死ぬのみ、身体から魂を出すのは技術が足りなかった、どうにか魂を身体から出せれば死ぬことなく戻れるとは思うが、その装置の仕組みはそれぐらいだ」
死ぬのみか、死ななければ戻れない。
「一番大切な事を聞いていなかったな、貴様の目的は何だ」
アリーチェさんが自称未来人に聞くが答えるか迷っているのか考えているのか分からないが数秒の沈黙が生まれた。
「俺の大切な人を助ける為だ」
今まで無表情に無感情に話している感じだったがどこか後悔のような感情が籠っているように聞こえた。
「分かった、貴様の言っている事が本当かは数日の内に分かる」
「私には時間がない、ここらでお暇させてもらうよ、道を歩くときは気を付ける事だな、それじゃあ」
「助言感謝しておく」
目の前から自称未来人が消えた、跡形も、そこにいた形跡すらもなく。
「未来の技術と言ったところか、タイムリープマシンについては後にしておこう、彼が言うにはまだ時間はある」
「お母さんが心配してるかもしれないしね」
二人で家に歩いて行く。
家には直ぐついた。
「吸血鬼の件はどうする?」
アリーチェさんに聞かれる、特に伝える理由もないので時が来たらでいいだろう、それに急にそんな事言われても困るだろう、もっとアリーチェさんとお母さんの仲が深まった時の方が。
「まだ言わなくても良いんじゃない、時が来たら」
「じゃあそれで良いか」
ドアを開けて言う。
「ただいま」
お母さんが玄関に来てくれた。
「お帰り」
「お邪魔します」
「はい、いらっしゃい」
「成功したよ」
嬉しそうな笑顔を浮かべながらお母さんは言った。
「おめでとう」
「これからもお願いします」
「こちらこそ」
「今日アリーチェさんの家に止まっていい?」
「勿論、存分に楽しみなさい、アリーチェちゃん困ったら頼ってね」
報告は終わった。
「じゃあ、行ってきます」
「お邪魔しました」
「優輝、アリーチェちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
アリーチェさんがお邪魔しますから行ってきますに言い直した。
ドアを閉める。
「優輝のお母さんは本当に優しいんだな」
「僕の一番尊敬する人です」
「何年振りだろうか、行ってらっしゃいと言われたのは、また飛ぶぞ、靴を履いていないからな」
「うん」
アリーチェさんが周りに人が居ない事を確認してから僕を持ち上げる。
カップルがする様に抱き寄せられる。
「行くぞ」
一分も掛からない内にアリーチェさんの家に着いた。
「タイムリープマシンはどうする?」
「信用出来ない人の言う事を鵜呑みには出来ないよな」
「でも彼は言っていた、魂を身体の外に出せれば、出来るかもと」
「魂を身体から出す方法は?」
「吸血の時血と同時に魂も吸うと言ったよな、私は血と一緒に吸う物に勝手に魂と定義しただけだが、もしそれが彼の言う魂ならば、吸血したら魂を身体から出すことになると思うんだ」
試す価値はありそうだ。
「大体分かった数分後、今に戻れるかやってみよう、だから僕が知らない様な事を教えてそれが証明になると思うから」
立方体のボタンを押し込む。
「なるほど、私は未亡人だった」
その言葉が意味することは恐らく、いや間違いなく昔配偶者がいたという事だろう。
人間の何倍も生きてきているんだ当たり前と言えば当たり前だ、むしろ居ない方がおかしいのだろう。
「でも再開出来た」
分からなくなった。
「優輝、私に懐かしさの様な物を感じた事はあるか?」
初めてあった日、僕が恋をしたであろう日確かに感じた。
「うん初めて会った日に」
「それは何故だと思う?」
「分からない」
「当たり前だ、私と優輝はあの日確かに初めて会った、だがそれと同時に再開した」
そのまま語り続ける。
「優輝は前世を知りたがっていたな」
「あの時は優輝が倒れてうやむやになったが、今伝えよう、優輝の前世は私の夫だ」
驚きはするが実感が無いからか、特にそれ以上何かある訳でもなく、強いて言うなら安心した程度だ、過去の配偶者が自分の前世なのだから、誰かも知らない奴よりはマシってくらいだ。
「じゃあお願い」
あの自称未来人は魂が身体から出たら戻れると言っていたと言っていたな。
アリーチェさんが僕のそばに来て、僕のそばに来て牙を立てて首に突き立てる、その数秒後には五感が何も感知しなくなると同時に何とも言い表せない様な感覚を体を襲う、いや体では無い、魂なのだろう。
全ての感覚が戻ってきた。
過去に戻ったのだろうか。
「アリーチェさん、僕の前世ってアリーチェさんの夫だったんだね」
率直に尋ねる、変な導入なんぞ無意味だろう。
「なるほど、戻ってきたのか」
戻れたのか、自称未来人では無く未来人だったのが確定した、ただそれと同時に恐ろしい事が確定してしまった、第三次世界大戦があと一週間もしない内に始まる。
第三次世界大戦がもうすぐ始まる、それに頭が埋め尽くされる。
「どうした優輝、急に身震いして、何があった」
「何もなかったでも」
十秒程度の沈黙後、急に抱きしめられる。
「何を」
「怖いのだろう、戦争が」
この幸せがもうすぐ終わる恐怖、知り合いが何人も死ぬかもしれない恐怖、自分が死ぬかもしれない恐怖、様々な恐怖が感情を支配していく、その中に甘い蜜をたらされる。
「泣いても良いんだよ、怖いならさ、嬉しいときは喜べ、むかついたなら怒ればいい、哀しいなら泣けばいい、楽しい時は楽しめ、感情を押し殺す必要何て無い、愛する人の前ならば特に」
気付けば涙が零れていた。
「存分に泣けば良いんだよ、愛してくれる人、受け止めてくれる人がいるなら」
嗚咽も混ざっていたのだろう、わんわんと泣いた、情緒が育ち切っていない子供の様に。
沢山泣いたからだろうか、心がすっきりしたような気がする。
「これからどうしたら良いと思う?」
「なにも出来ないと思うぞ、原因が分からない以上は、まずは原因が何か見届けるべき」
「じゃあこれまで通り」
「そうなるな」
今までと同じように、そうは言っても世界大戦が起きる事を知って普通に過ごせる訳もなく、何をするでもなく三日過ぎた。