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コメディ系短編小説

アットホームな立て籠もり

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

トシ…立て籠もり事件の人質。

アキ…立て籠もり事件の人質。犯人であるヒロとなぜか…

ヒロ…立て籠もり事件の犯人。人質であるアキとなぜか…

  ーーとある立て籠もり犯と人質の話…なのだが…



 ビルの周囲をたくさんの警察車両と警察官、野次馬、報道陣が囲っている。ビルの五階からは口に布を巻かれた男を盾に拳銃を持った無精髭の男が顔を出していた。

「要求を伝えるからよく聞け! 今すぐに現金五百万円とガソリン満タンの車を用意しろ! 金は車のトランクに詰めておけ! 従わなければ人質ぶっ殺すからな!」

 無精髭の男は興奮しているようだ。

「わかりました。あなたの指示には従いますから、人質には傷をつけないようにお願いします。」

 スーツを着た刑事が拡声器で犯人に呼びかけた。

「一時間以内な!」

 そう吐き捨てると立て籠もり犯である無精髭の男は人質の男を連れて窓の奥へと消えていった。

 無精髭の男が立て籠もっているのは、ビルの五階にある貸店舗の一室。部屋の片隅のソファーにはもう一人の人質の男が座らされている。警察との会話を終え戻ってきた無精髭の男は連れていた人質をソファーに座らせ、自らも傍らにあるオフィスチェアに座った。

「いや~ありがとうね~」

 無精髭の男の態度が急にやわらかくなる。

「んも~マジで緊張した~。」

 さっきまで窓際で拳銃を向けられていた人質の男もソファーに深く腰をおろす。

「緊張もしたけどさ、俺は恐怖の方もすごかったな~。狙撃されるんじゃないかって。」

「ヒロ、狙撃班はマジでいたぞ。」

「うっそ⁉ うわー!マジか!怖ぇー! もう、言うなって!」

「ごめんね~」

 笑い合う立て籠もり犯と人質。

「おい!」それを見ていたもう一人の人質が叫ぶ。「何? お前ら?」

 もう一人の人質は二人のやり取りを見てドン引きしている。

「ちょっとトシ、そんな態度すんなって。せっかく俺ら仲良くなったんだから。」

「仲良くする相手間違ってんぞ?」

 トシは一緒に人質になり、なぜか立て籠もり犯と仲良くなっている友人のアキにもちろん困惑していた。

「そんなこと言うなって。ヒロはな、こういうことしてるけど、本当は良い奴なんだぞ?」

「違う違う違う、この状況でよくその感じでいられるなってこと。」

「まあまあトシ」無精髭の立て籠もり犯・ヒロが立ち上がる。「これも何かの縁だからポジティブにいこ?」

「黙れ犯罪者。」

 トシはヒロが差し出した手を肩で跳ね返す。

「もうそんなことすんなってトシ。というかさヒロ、トシ後ろ手で縛られてるからそもそも手出せないって~!」

 相変わらずテンションが高いアキ。

「あー!そうだったな~!アッハッハ!」

 同じくテンションが高いヒロ。

「コイツらバカだな~」

 呆れるトシ。

「そういえばヒロさ、あの刑事さ、『指示には従う』って言ってたじゃん?」

「言ってた言ってた。」

「あれ絶対嘘だから。」

「え⁉そうなの⁉」

 仰天するヒロ。

「コイツバカだ。」

 確信するトシ。

「だからさ、ちょっと焦らしに行こうよ。」

「焦らしに行く?」

「マジで人質を殺しちゃうゾ~的なフェイントをかけに行こうよ。」

「あ~ちょっと警察をビビらせちゃう?」

「ビビらせちゃおうよ~!」

「よっしゃ行こう!」

 立ち上がるヒロとアキ。

「゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ~゛い!」

 トシが二人の背中に叫ぶ。

「なんだトシ?」

「お前バカなの? 犯罪者に協力したらお前も後々どうなるかわからないぞ?」

「ハハハ、いやいやトシ、俺は人質だぞ?」

「人質の範疇を超えてんだよ。」

「安心しろ、お前には何もしわよせが来ないようにするから。」

「人質になってる時点でもうしわよせは来てんだよ!」

 トシは自分の不平不満…というか正当な主張をぶちまけた。

「もう、じゃぁトシはここにいて。それじゃヒロ、警察脅しに行こう。」

「おい、行こう行こう!」

 二人は遠足にでも行くかのような足取りだ。

「なんなんだよアイツら~」

 トシはよくわからない感情に押しつぶされそうだ。

「おい! 警察! 金と車は?」

 ヒロが外にいる刑事に向かって叫ぶ。

「まだ五分しか経ってないじゃないか。そんなに早く用意できるわけないだろう!」

「はぁ? お前、拳銃持った立て籠もり犯にその態度とは良い度胸だ。」アキに銃口を突きつけるヒロ。「コイツぶっ殺すから。」

 野次馬、報道陣がざわつき始める。

「おい!おい!待て! 要求は必ず受け入れる! 金も車もすぐに用意する! 今、手配しているところだ! 落ち着け!」

「゛んー!゛ん゛ん゛ん!゛んー!」

 口に布を巻かれたアキも必死に演技を見せつける。

「おい動くな! テメェ! おいゴラ!」

 窓から姿を消すヒロとアキ。すると中から大きな物音が聞こえた。

「おい! 中はどうなってる!」

 焦る刑事と警官たち。

「おーい、警察ども。」再び顔を出すヒロ。アキの姿は無い。「行動遅いぞー。待ってるからなー。」

 そう言うとアキは部屋の奥へと戻っていった。

「いやー迫真だったねー。」

 ソファーに戻っていたアキ。

「警察のやつら銃声でもないのにビビッてたぞ!」

 喜びで体のザワつきが収まらないヒロ。

「棚倒しただけなのにあの焦り様…くぅ~たまんねぇ!」

 やりきったという感じのヒロとアキ。

「おいトシ。なに寝てんだよ。」

 トシは手を縛られたままのソファーで横になっていた。

「起こすな。現実に戻すな。」

「現実から逃げんなって~。」

「お前らみたいなアタオカと一緒になった現実から逃げないでどうすんだよ。」

「なんだよアタオカって…」

「だいたいお前らはなんで仲良くなったんだよ?」

 トシは根本的な質問を投げかける。

「なんでって? ヒロがお前と同じバツイチだから。」

「は?」

「俺たちがこの結婚相談所に来たのは、離婚したお前が新たな人を早く見つけたいと言うから来たんじゃないか。俺はその付き添いだろ?」

「お前、人の不幸話で盛り上がんのか最低だな。」

 さっきまでのことが大きすぎるからか、声には出るが心ではあまりそのことに何も感じていないトシ。

「気持ち、わかるよ。」

 トシに優しい声をかけるヒロ。

「うっせぇバツイチ犯罪者。」

 立て籠もり犯に自分の気持ちをわかられてたまるか。

「トシ、この状況の混乱を抑えるために少し話したら?」

 そう言われると、トシはため息を一つついてから体を起こし、自身の離婚について話し始めた。

「俺、ちょっと自分勝手なところがあったみたいでさ。それで嫁に負担かけてたみたいで。」

 真顔でトシの話を聞くヒロとアキ。

「嫁が何かに誘ってきても、仕事が忙しいとか友達と出かけるとか、なにかと適当な理由付けて自分の時間ばかり優先してた。」

 少し口角が上がるヒロとアキ。

「俺はただ自分の人生を純粋に楽しんでるだけ、そう思ってた。でも、俺の人生は俺だけのものではなくなってるってことに気づけなかった。」

「ンフフ…」「ニヒヒ…」

 ヒロとアキの口から微かに息が漏れる。

「もう遅いかもしれないけど、俺は心を入れ替えたい、そして次こそは必ず女を幸せにできるような男になりたい! だからそのために、新しい人と新しい人生を歩もうと決めたんだ。」

「「ドゥハハハハハハハハハハハハ‼」」

 ヒロとアキの大笑いが炸裂する。

「゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぃ! ゴルァァァァァーーーーー!」

 トシがドス黒い声を爆発させる。

「なんだよお前ら! 人が辛い過去をこんな真剣に語ってるっていうのに! やっぱクソだぞお前ら!」

「だって心を入れ替えたのにすぐ女を探すって…」

 ハラを抱えるヒロ。

「ここで死刑になるか?犯罪者!」

 立て籠もり犯に笑われたことが何よりも気に食わないトシ。

「オレハタダ、ジブンノジンセイヲ、ジュンスイニ、タノシンデルダケ、ソウオモッテタァ」

 明らかにバカにしたマネをするアキ。

「もう絶交だわお前とは。」

「因みにさ、ヒロの離婚理由はなんだっけ?」

「へ? ギャンブル。」

「オウルァァァァァ!」

 ヒロの離婚理由を聞いた瞬間飛びかかろうとするトシ。

「おいおいやめろって!」

 手を後ろ手で縛られているため足を出そうとするトシに同じく手を後ろ手で縛られているため手を出せないアキが体当たりで止めた。

「ちょっとゴメンゴメンゴメン。ゴメンって…ん! ちょっと待ってて!」

 ヒロが急いで窓へと向かう。

「なになになに?」

 アキもトシも状況がわからない。

 しばらくするとヒロは二人のもとへと戻ってきた。

「ごめ~ん。どうやらさっきのトシの叫びを断末魔だと思ったらしくてさ~」

 ヒロ曰く、外の刑事がかなり焦っていたらしい。

「マジか~。でもこれでさらにおちょくれたんじゃないの?」

「お~そうか! 要求も受け入れざるを得ないかもな。」

 嬉々とするヒロとアキ。

「お前らさ~」トシが口を開く。「こんなこと本当に成功すると思ってんの?」

 固まるヒロとアキ。

「そもそもさこのテンションでさっきまでやってきたからすっかり忘れてるかもしれないけど、お前結構とんでもないこと犯してるんだぜ?」

 トシはヒロに目を向ける。

「仲良くなってるのかもしれないけど、お前から見てアキは人質だぜ? 被害者だぜ? そこらへん、なんていうか…立場と状況ってものを今一度考えてみろよ?」

 トシが説教を終えるとヒロとアキは顔を見合わせる。

「いやいやいやいやいや俺らはただ遊んでるだけだし!」

 ヒロは悪びれる様子もない。

「はぁ⁉」

 トシは愕然とする。

「トシ、遊びに成功も何もないって。」

 アキはトシの肩を肩で突く。

「お前らイかれたな~この短時間で。」

 トシはもう呆れるしかない。

「なぁアキ!  もう一度警察をおちょくりに行かね?」

「いいねぇ! もうハマっちゃったよこのゲーム!」

 立ち上がる二人。

「はぁ~もうあいつら狂ってるよ~。この際もう逃げちゃおうかな。」

 トシがそう考えたのも束の間、ヒロとアキが顔面蒼白になってこちらへ戻ってきた。

「や、やべぇ~‼」

 アキが慌てふためいている。

「なんだよ?」

 トシは動じずに聞く。

「け、警察が強行突破してくる!」

 誰よりも焦っているのは犯人のヒロだ。

「ふーん。あっそう。」

「おいトシ! なんでそんなに落ち着いていられるんだよ!」

「だってこれでようやく解放されるんだもん。」

「トシ! ヒロとの友情を忘れたのか⁉」

「少なくとも俺とは友情育んでねぇぞ?」

「くそっ! この薄情者!」

 アキはトシに対してそう吐き捨てた。

「どどどどどどうしよう…」

 拳銃を持ったヒロの手が震えている。

「ヒロ、落ち着け。俺が付いてる。なんとかなるさ。俺らもう親友だろう。」

「うわぁ~!」

 ヒロはアキに拳銃を向ける。

「お~い! 何やってんだヒロ!」

「えぇい! お前は人質だ! 本当なら俺の指示に従っていればいいだけだ! お前、俺の盾になれ!」

「はあ⁉ お前…じゃぁさっきまでのはただの欺きだったのかよ!」

「そもそもお前は俺の道具でしかないんだよ!」

「クソがー!」

 言い争うヒロとアキ。

「友情の誕生と崩壊を一気に見れるとはな。」

 傍らではトシが二人の醜い喧嘩を嘲り笑っていた。

「と、というかさ、人質なら俺だけじゃないし。」アキはトシの方を示す。「こいつだって人質だろ? なら、こいつを盾にすればいい。」

「最っ低になったな~お前。」

 トシはアキの変わり様に戦慄した。

「だいたいトシ! お前、さっきから何もしてねぇじゃねぇか! ふんぞり返って文句言ってるだけで。友達なら、もっと俺のこと助けたっていいんじゃねぇのか?」

「はぁ?」

 言葉が出てこないトシ。

「そうだ…俺たちがこうなったのもお前のせいだ…じゃぁ次はお前の番だ!」

 ヒロがトシに近づく。

「うおっ!」

 しかしヒロはトシに蹴り飛ばされ、後ろに倒れてしまった。

「なんだー‼お前らさっきから‼」

 今までにない剣幕で叫ぶトシ。

「お前ら! 被害者と加害者の関係を乗り越えて難しい友情を築いたんじゃねぇのか! このことが正しいか、と言われると微妙だが、それでも難しい壁乗り越えられたんじゃないのか!」

 トシの豹変ぶりにヒロとアキは困惑している。

「アキ! お前はさっきまでそいつのことを助けてただろ? それはお前がそいつを本気で友達だと思ってたからじゃないのか? そんで…ヒロ?だよな? お前、やってることは間違ってるけど、なんか目的があるんだろ? 本気でやるなら最後までやれよ! そして友達は道具じゃねぇ! 同胞だ!」

「……うおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」

 トシが言い終えると突然ヒロが叫びだす。

「アキ! 俺はこれから特攻してくる!」

「ヒロ?」

「アキすまねぇ。あとアンタもありがとうこれでようやく決心がついた。アキ、俺たちは友達だった。でも所詮は立て籠もりの加害者と被害者だ。」

「ヒロ待て!」

 アキの言葉に耳を貸さず、ヒロは拳銃の弾丸を確認する。

「じゃぁな。アキ。」

 ヒロは立て籠もっていた結婚相談所の扉を一気にあけると、そのままの勢いで通路に待機していた武装した特殊部隊に向かって走っていった。

「ヒローーーーー‼」

 アキが叫ぶ。トシはその後ろでただ静かに座っている。

「すいません! 許してください! もうしませんから! なんでもするから! あー!ちょっと! 手錠かけないで! そんな押さえないで! 痛い!痛い!痛い! マジで謝ってるでしょうが! 許して! 本当に! 申し訳ありません! 働きます! おい聞いてください!」

 ヒロは警察に飛びかかることも発砲することもなく目の前で土下座し、謝罪する暇もなく特殊部隊の盾に押しつぶされ、わめきながら連行されていった。

「うわー冷めたわー」

 ヒロの無様な様子を見てアキが呟く。

「モロいなー」

 トシがその後ろで無表情で呟いた。



  ーー終わり

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