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7.家族

ウルフが生まれた時、私達の故郷サンスムドーンは貧富の差が酷かったと聞く。その中でも特に酷い食糧難に陥っていた地域でウルフは生まれた。しかし生まれてすぐに飢えに苦しむ両親によって捨てられた。


そのウルフを拾ったのが他でもない私の父エイブラムだった。

父は当時から砂の大地を緑化する研究をしていた。貧困に喘ぐ地域に赴いたのもその為だった。


ウルフは父エイブラムの元で育ち七歳になると兵士に志願した。下働きとして寮に入り、七年後に騎士見習いに。そこで出会ったのが私の母マリア。国に仕える魔導士だった母と父を巡り合わせてくれたのがウルフだった、


ウルフは父の様に人を助けられる人間になりたいと言って騎士としての腕を磨き、騎士団長にまで上り詰めた。

真面目で強くて優しい人だった。


私が生まれてからもウルフは度々家に来た。私が小さかった頃は遊んでもらったり、本を読んでくれた事もあった。よく四人で食事を共にしたり、いつからか私はウルフに淡い恋心を抱いていたけどウルフは家族と同じ位とても大切な人。四人で穏やかに楽しく暮らしていた。



しかし、ある日突然その幸せは奪われた。



今から5年前の事。

サンスムドーンの兵士が家に押し掛けて来て父が違法な毒草を作っていると言い出した。


その日父は冤罪で牢屋に入れられた。


父の研究は完成していた。

作っていたのは勿論毒草なんかじゃない。どんな大地にも根を張る植物の種だ。育てば実がなるその植物は食す事もできる。

しかし種は全て兵士に奪われてしまった。貧困の国サンスムドーンを救うはずだった。その為に研究を重ねて作られたのに。



この国は腐ってる。



母は私に父が捕らえられた詳細を話そうとしなかった。だから私は父の研究が何故国によって邪魔されるのかどうしても納得がいかなかった。

事実を知っているのはウルフと母の会話盗み聞きしたから。


当時の国王は完成した種を欲しがった。

国王は国全体が豊かになる事を望んでいなかった。独り占めして国王の統制力を誇示したかったのではないか。これはあくまでも二人の推測だったが、盗み聞きしていた私にも納得のいく話しだった。何故なら父は捕まる前日に種の完成を国王陛下へ報告に行っていたからだ。タイミング的にどう考えてもおかしい。


「あの国王陛下がそこまで考えられるかしら」


「恐らく『魔女』に唆されたのだと思われます」


「魔女は兵士でもないのに?」


「だからこそですよ。陛下は魔女に大層心酔しておられる」


「魔女の力が欲しいのね」


「ええ。恐らく」


「………魔導書の存在に気付くのも時間の問題ね」


実は父の作った種は不完全な物だった。

その欠けたピースを埋めるのは魔導士である母が作った魔導書。


それが後に伝説の魔導書と呼ばれる事になるとはこの時は思いもしなかった。


その魔導書を唱えると特殊な雲を生み出す。

どんな天候でも関係なく種に芽が出るまでサポートする雲を。強い陽射しの時は日除けになったり、勿論雨を降らせる事もある。

父の作ったどんな大地にも適応する種とその雲を生み出す魔導書の2つが揃って完成する。


だから当然種だけでは育たない。

それに気付いた国王は種が育たない理由を探す為、家に隣接する研究所は荒らされた。その中にあったメモにより特殊な魔導書が存在することがバレた。

しかしそのメモには魔導書の詳細が無かった為、種と魔導書を結びつける事なく、国王は魔導書を勝手に国を脅かす脅威だと思い込んだ。


伝説の魔導書は母が作った物。

母も父と同じ様に冤罪で捕らえられた。

だが母はそれを予期して捕まる前に魔導書を私に託していた。


母を捕らえに来た時は酷いものだった。

騎士達が部屋を荒らし、家中どこもかしこも燃えていた。まぁ、火をつけたのは私なんだけど。

それは私を助けに来てくれたウルフと相談して決めたこと。ウルフが来てくれなければ恐らく私も捕われていただろう。

火をつけたのは私とウルフが火事の中で死んだと思わせる為に。両親が拷問にかけられた時、ウルフと私の存在が二人を苦しめる事になるから。


その後二人で国を出て、名前を隠して旅をした。ギルドを転々と約一年。その時ウルフから沢山の事を学んだ。戦い方や、敵の見抜き方、ギルドで生きていく術も。


「ウルフ、私強くなって反乱軍に入りたい」


両親が捕まった時、サンスムドーンには反乱因子があると噂されていた。それが一年が経ったその頃反乱軍があるという噂はほぼ確かなものとなっていた。


「反乱なんて成功しない」


「…なんで?」


「国は金も武器も人も…目に見えている以上に持ってる。反乱なんてほぼ成功しねぇんだよ」


「……そうなんだ。でも…私…………許せないんだ……サンスムドーンが…国王陛下が憎いんだよ…」


ウルフは小さく頷いて私の頭をぽんっと優しく叩いた。

「分かるよ。すげぇむかつくし、俺も許せねぇよ。だけど………反乱軍に入るなんて死にに行くようなもんだ」


「…………………それでもいいよ」


ウルフは深く溜息をついて私と向き合う。

「絶対に駄目だ。エイブラムとマリアはそんな事望んでいない」


「でも…反乱軍なら二人を助け出せるかもしれないよ」


「ああ、そうかもな。だけど反乱軍に入らなくてもそれはできる」


「そうなの?!」


「ああ。だけどまだ今は無理だ。時期を待とう」


「…………分かった」


「クローディア、エイブラムとマリアの為に俺達が出来る事は……………生き延びる事だ」


ウルフの真剣な眼差しに心が震えた。

私は怒りと憎しみをぶつける事しか考えていなかった。

両親を助けてから国に仕返しをして、その果てに死んでも構わないと。


「…………………ウルフ……………」


「クローディア、強くなれ。したたかに生き延びるんだよ。何があっても。他人を出し抜いてもいい。欺いてもいい。お前はサンスムドーンの希望だ」


「………っあんな国に…あんな国の為に今更手を貸したくないよ!」


「クローディア、それがエイブラムとマリアの願いだ。あの二人の為に…いつか二人を助け出せた時に……サンスムドーンが緑豊かな国になってたら二人はどんな顔をすると思う?」



二人の笑顔が思い浮かぶ。



どんなに喜ぶだろう。

生涯を懸けて尽くしてきたんだ。

故郷サンスムドーンの為に。


「サンスムドーンが腐ってんのは…大地が枯れてるからだ。独り占めできない位緑豊になれば変わるよ、きっと」


「そうだね。頑張る。私、強くなるよ…何があっても生き延びるよ…」


「ああ。俺達二人でサンスムドーンを変えよう」

ウルフの言葉にしっかりと深く頷いた。



何があっても生き延びる。そう約束した。



そしてあの恐ろしい日を迎えた。

その日両親が死刑になるという情報を得てウルフは両親を助けに行くと言い出した。私も一緒に行きたいと懇願したが、城内を二人で歩くのは目立ちすぎる。変装して紛れ込むにしても私は幼すぎると。付いて行った所で足手まといになるのは明らかだ。ウルフに説得され私はついて行く事を断念して、ウルフは一人で城内へ。私は城外にある国外行きの積荷に隠れて待つ事になった。


何時間待っただろうか。

私の元へ帰って来たウルフは顔を真っ青にして震える唇で言葉を紡いだ。


「罠だった…!!」


「…………罠?!」


「二人は既に殺されてた…無惨な……っっ」

目に薄っすらと涙を浮かべ言葉に詰まるウルフ…



私は突然の出来事に言葉も出なかった。



何故…?

どうしてそんな酷い事ができるのだろうか。

国の為に、苦しむ人の為に人生を研究に捧げた父が…

そんな父の考えを是認し協力して支えて来た母が…


そんな凄惨な事があっていいのだろうか


「二人を殺したのは魔女と────」

ウルフが言いかけた時、遠くに足音が聞こえた。


「お前はこのまま此処に隠れてろ。いいか、何があっても出てくるな。約束を忘れるなよ」

そう言ってウルフはその場を離れた。


ウルフが来た場所から二人の人物が現れた。


「生きていたのか……ウルフェンデン」

嘲笑うかの様な男の声。


「伝説の魔導書の在処を吐け」


隙間からしか見えないが、一人は背が高く細見で腰まで伸びた黒い髪に白いローブを纏っている。

もう一人はサンスムドーンの騎士。兜を被っているせいで容姿は分からない。


「魔導書は売り飛ばした。高く売れたよ」

ウルフの冷たく尖った言葉。それは勿論嘘だ。


怖くて震えが止まらなかった。

涙が止まらなかった。

恐らくウルフは死を覚悟している。

だからこの先私に矛先が向かない様にこんな嘘をついているんだ。


「サンスムドーンの金持ちを片っ端から訪ねてみろよ。素直に教えてくれるとは限らないがな」

ウルフは笑った。聞いた事のない声で。


「何処にある? 言えば命だけは見逃してやる」

余裕のある声は挑発している様にも聞こえる。


「お前らに教える義理なんてない」


「いいのか?エイブラムとマリアがどうなっても」


「ははははっ!何を言ってるんだよ…殺したんだろ?お前らが」


「…………なんだ、知ってたのか。残念だなぁ」


何故笑いながらそんな事が言えるのだろうか。

胸が苦しくて涙がボロボロ溢れて止まらない。

本当に両親は殺されてしまったのだろうか。

ウルフはどんな気持ちで二人に対峙しているのだろうか。

きっと怒りを必死に抑えて、私を逃がす事を考えているに違いない。その努力を無駄にしない為に、私が出来る事はただ静かにここで待つことだけ。嗚咽が洩れそうになるのを必死に堪えていた。


「殺してくれて助かったよ。伝説の魔導書の買い手から複製を作られては困ると言われてね。俺は二人が処刑される所を確認しに来ただけだ」


「話す気はないようだな………じゃあ、もうお前は用済みだ」


冷たく言い放たれた言葉を合図に兜を被った騎士が剣を抜いた。それに対抗する様にウルフも剣を抜く。直に二人の激しい打ち合いが始まった。


(どうしよう…どうしよう…!!)


ウルフを助けたい。

ウルフに加勢したい。

だけど自分の弱さは悔しい程分かっていた。


敵はウルフと共にこの国を護っていた騎士。

そして国王が欲する高い能力を持った魔女。

私が参戦したところで足手まといになるのが目に見えている。ウルフは間違いなく私を助けようとするだろう。


約束したんだ。何があっても生き延びると。

私が死んだらサンスムドーンはもう永遠に救えない。


震えながらただ見守る事しかできないでいると、

ウルフの後ろにあった積荷が宙に浮いた。


(………何あれ………!! どうやってあんな事を……)


白いローブを着ていた人物は予想通り魔導師だった。何かの呪文を詠唱していたのは見えたが、物を宙に浮かせる魔法なんて聞いた事がない。

宙に浮いた積荷がウルフめがけて飛んでいく。

気付いたウルフは飛んでくるそれを防ぐのに手一杯になった。


それだけでもウルフは圧倒的に不利なのに、加えて敵はもう一人、騎士がいる。

ウルフの仕事仲間だったはずの騎士が。



─────ウルフ……!!


隙ができたウルフの背後から仲間だったはずの騎士が剣を突き刺した。



一瞬の出来事だった。


それなのにその場面がスローモーションの様にゆっくりと流れて

ウルフは膝をつき、

剣を抜かれるとそのまま前に倒れ込んだ。


(ウルフ…………!!)


倒れたウルフから血が広がっていく。騎士はそれを避けるようにウルフの傍らへしゃがむと、直ぐに立ち上がり騎士は白いローブの人物と去って行った。


去り際の二人は笑っている様に見えた。


怒りも、悲しみも、憎しみもあった。

でもそれ以上に


……………ただ怖かった。


死ぬのが怖かったんだ。

反乱軍に入りたいなんて言いながら、死ぬ覚悟なんて出来てなかった。

ウルフを助けたいと確かに思っていたのに、怖くて動けなかった。



「…………ウルフ……」



ウルフはもう息絶えていた。



「ごめんね…………ごめんねウルフ……」



怖がっていないで飛び出せば良かった。

そうしたらウルフとずっと一緒にいられたのに


ずっと……ずっと…………




─────クローディア、強くなれ。

したたかに生き延びるんだよ。何があっても。

お前はサンスムドーンの希望だ









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